第909話 呪いになった人(1)ある自殺者と遺族
人が死ぬ原因には何種類かある。自然死、事故、病気などは、自分でタイミングをコントロールできない死に方で、嫌だと思っていても、そうなってしまう事が往々にしてある。
その他にあるのは殺人か自殺で、自殺は自分でコントロールが可能だ。
そのどちらが、本人にとっても、遺族にとっても、悲しみを刻み込むのかはわからないが。
「そんなぁ、嘘だぁ!」
悲痛な声が、響き渡った。
遺体に縋って泣く兄に、警察官が静かに告げる。
「遺書も残っていまして、自殺と結論付けました」
優介は、包帯を巻かれた妹の顔を見た。
「何で自殺なんて……」
「会社で、仕事や職場環境に悩んでいらしたようですな」
それを聞き、優介はのろのろと顔を上げた。
「会社?職場環境?そう言えば、残業と休日出勤が多くて、いつも疲れた顔はしていたような……」
優介は、生前の妹の様子を思い出した。
疲れ、いつもどこか虚ろな表情をしていた。屈託のない笑顔を最後に見たのは、いつだっただろう。
その後、いつ警察官が帰ったのか、どうやって斎場へ行ったのか、記憶にない。気付けば、一番小さい式場にいて、妹の遺体と2人きりでいた。
「
優介は、決意を固めた。
僕と直は、出先から帰る途中だった。
「もう2学期か」
「肝試しもやっと下火だねえ」
「減らないよな」
「かき入れ時とも言っていられないよねえ」
2人で嘆息した時、それが目に入った。しょぼくれた顔付きで下を向いて歩く中学生だ。
「康介!」
呼び止めると、顔を上げてこちらを見、パッと笑顔を浮かべた。
「怜君と直君!」
「学校帰りかねえ?元気がないけど」
「夏休み明けの小テストの点数が悪かったのか?」
訊くと、思い出したのか憂鬱そうな顔をして、康介が口を尖らせる。
「違う――わけでもないけど、違うよ」
康介は複雑そうな顔をしてから、続けた。
「サッカー部に入ったのは言ったでしょ。1年は皆見習いみたいなもんなんだけど、ぼくは補欠に入れて。でも、1人だけレギュラーになったヤツがいるんだ」
康介は子供の頃からサッカーが好きで、子供サッカークラブに入ってやって来た。上手い方だとは聞いていたが、まあ、上には上がいたという事だ。
「へえ。大したもんだな」
「そいつ、静岡から来た奴で、地元では天才少年って呼ばれて、新聞にも載ったらしいよ。
それだけでもムカつくのに、カッコいいって女子に人気で、花井もファンクラブに入ってるって……」
ショボンと俯く。
僕と直は目を見交わした。花井というのが誰か知らないが、間違いなく、康介の失恋相手だろう。
「康介ぇ。諦めるのかねえ?始まったばかりだよう」
「だって。相手は天才少年だもん。勝ち目なんてないよ。
ああ。捻挫でもして、秋の大会に出られなくなればいいのに。そうしたら、ぼくにもチャンスがあるのになあ」
それに、僕達は苦笑しつつも、釘を刺しておく。
「康介、人の失敗を望むような事を言ったらだめだぞ」
「だって、試合で点数を入れられたら、花井とデートするって言うんだもん」
サッカーよりも花井さんか。
僕は、背が伸びてきた康介に視線を合わせるように、中腰になった。
「康介。良く聞け。
人を呪うような事を言うな。言えば、その言葉がお前を汚し、貶めるぞ。冗談でもだ。
大丈夫。康介は努力の天才じゃないか。康介が苦手を克服するためにどれだけ集中して練習して来たか、僕達は知ってる」
「そうだよう。まだ中学に入ったばかりじゃないか。先は長いねえ。
それに、最初不利な方が後から勝つってのも、カッコいいよねえ」
「そうだな」
康介は僕と直の顔を交互に眺め、やがて、柔らかい表情を浮かべた。
「うん。それもそうだね。頑張って、レギュラーの座も花井も手に入れるよ!」
僕と直もホッとした。
「そうか。
苦手科目も復習しておけよ」
「う……わかった……」
康介はちょっと目を泳がせてから、一応頷いた。
それで元気よく手を振って家へ向かって走って行く康介を見送って、僕達は歩き出した。
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