第908話 遺影(3)お盆

 愛さんをまず――と思ったら、桑原さんが突進して来て、

「あああああ!させない!」

と言いながら、もの凄い力で体当たりして来た。

 それを払いのけるのもどうかと遠慮して、受け止め、直がなだめながら引き剥がす。

「桑原さん、落ち着いてくださいねえ」

「愛は悪くないわ!中学生なのよ!?寂しいに決まってるわ!」

「だからと言って、友人をとり殺すのはダメですよねえ」

「いいから離しなさいよ!」

 ジタバタもがく桑原さんを、直がどうにか抑えるのを横目に、愛さんに向き直る。

「突然で、まだまだやりたい事もあって、無念だったでしょう。それはわかります。

 でも、だからと言って友達を道連れにしてはいけませんね」


     いやよ 1人でなんて

     約束してたんだから いいじゃない


 愛さんは言って、こちらに掴みかかって来た。

 それをスイと避けると、ムッとしたように口を尖らせた。

「友人なんだから、見守るという考えは?」


     ないわ


 きっぱりと言い切った。

「清々しいな。

 でも、他人を道連れにしても、それはよく無い事です。それで今後も、親友として付き合えますか」

「え……」

 桑原さんも愛さんも、虚を突かれたような顔をして、体の力を抜いた。

 そして、桑原さんは座り込んで、

「どうしよう。愛が1人。そんなのだめよ。かわいそうよ」

とぶつぶつ呟き、愛さんは、ヒステリーを起こし、手当たり次第にその辺の物を投げ始めた。

 ぬいぐるみやお菓子が飛んで行く。

 と、水着に手がかかると、愛さんはそれを抱きしめて泣き出した。

「行きたかったですよね。残念です」

 愛さんはやがて泣き止み、はあ、と上を見上げた。


     仕方ないわね

     今度は絶対に 彼氏と行ってやる


 僕は、そっと浄力を流した。それで、愛さんはきらきらと光る粒子のようになって、消えて行った。

 それを、桑原さんも見えたらしい。

「あ……愛は成仏したんですか?」

「間に合ったようですかねえ。

 今度は、桑原さんが心の整理をして、愛さんを送らないといけませんよねえ」

「愛は、もう、いないのね」

「いつまでも生者が引き留めたり、引き戻そうとしたりするのは、故人の為にもならないんですよ。楽しかった事を懐かしむのはいい。故人を悼むのもいい。でも、囚われないで、桑原さんも進んで行きましょう。

 ああ。今年は初盆ですね。元気な姿で、お迎えして、安心させましょうか」

 それで桑原さんは、声を上げ、体をふたつに折って泣き伏した。


 数日後、敬から、遺影の写真が普通になったらしいと聞いてホッとした。

 桑原さんも、夫婦でカウンセリングに通い出したとユキから聞いた。

 これで少しずつ上手くいくだろう。

 と、店先におがらが並んでいるのが見えた。

「ああ、もうすぐお盆だなあ」

「怜のところ、ナスやキュウリで乗り物にするよねえ。あれがやりたくて、うちは仏壇がないのに、子供の頃に作ろうって言って、家中のナスとキュウリに割りばしをさして怒られたよう」

 直が懐かしそうに言って笑う。

 ナスは牛、キュウリは馬で、帰って来る時は馬に乗って早く帰って来いと、向こうへ帰る時は牛に乗ってゆっくりと。そういう願いをこめて作るのだ。

 なので、ナスもキュウリも、それに合うような形のものを選ぶところから、真剣にしたものだ。

「お盆かあ。

 なあ、直。ちょっと思ったんだが。夏場って肝試しで忙しいよな」

「そうだねえ」

「でもお盆も、あの世の業務が忙しいって言ってたよな、確か」

 小野篁が、そう言ってたような気がする。

「言ってたねえ、確か。

 と言う事は、現世もあの世も忙しくて、ボク達休む暇も無いのかねえ?」

「ええ、嫌だ。面倒臭い。お盆休みも欲しい」

 僕と直は、余計な手を掛けさせる輩が出ないことを祈った。




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