第907話 遺影(2)親友

 瑤子さんと亡くなった桑原 愛さんは、小学校からの親友だったそうだ。

 それで、ゴールデンウイークに愛さんが亡くなる前には、夏休みになったら、小学校の頃に行きたいと言って行けないままだった海へ行こうと約束していたらしい。

 しかしそれを果たす前に愛さんは亡くなってしまった。

 突然子供を亡くした親が子供を不憫に思うのは当然だが、愛さんの母親は、生きている人間と2人で写っている写真を遺影に使うという事をした。

 勿論葬儀屋は反対したらしいが、母親がガンとして受け入れず、そういう遺影になったらしい。

 葬儀に参列した人は、皆、気の毒がっていたが、遺影を見ると眉をひそめた。

 瑤子さんも、いくら親友でも、生きている自分も遺影に加わっているのは気持ち悪いと思ったそうだが、何も言えなかったという。

 そして、気持ちは悪くとも、そのまま時は過ぎた。

 海へ行くという約束をしていた夏休みになり、半分を過ぎた頃、異変が起こった。

 夢だ。愛さんが夢に現れるようになり、一緒に行こう、早く行こう、と呼び掛けて来るという。それが、毎日少しずつ、近付いて来ているというのだ。

 それで、すぐ近くまで来たらどうなるのかと怖くて、おいそれと寝られなくなっているらしい。

「悲しみはともかく、遺影は気味が悪いですよね」

 言うと、瑤子さんは泣き出した。

「良かった。親友なのにそんな事を言うなんてって、言われるかと思って」

「それとこれとは別ですよ」

「かわいそうに。ずっと悩んでたんだねえ」

 両親も、気にしているせいで夢を見るのかと思ったり、相談といってもどこへ行けばいいのか悩んだりしていたという。

「お札を渡しておきますからねえ。ずっと、肌身離さずに持っていて下さいねえ」

 直は札を瑤子さんに渡し、瑤子さんはそれを、しっかりと持って笑った。


 次に、桑原さんの家に行った。

 出て来たのは愛さんのお母さんで、どこか、バランスが崩れたような印象を受けた。

「まあ、愛に会うために来てくださったの。さ、どうぞ」

 話を最後まで聞かないで、ウキウキとした様子で僕達を家へ上げる。

「失礼します」

 言って、奥へと通されると、そこに仏壇があった。

 仏壇自体は小さいものだったが、女の子が2人並んでピースしている遺影と、華やかな花が目に付いた。そして、お菓子やジュース、ぬいぐるみ、新しい水着や帽子などが、所狭しと並べられ、12畳ほどのリビングダイニングを圧迫していた。

「さあ、どうぞ。暑かったでしょう」

 桑原さんはにこにこして僕と直に冷たい麦茶とせんべいを勧め、たくさんのあげ物の並ぶテーブルにも、麦茶とせんべいを乗せた。

「はい、愛ちゃんも食べましょう」

 そう言うと、テーブルの向こう側で様子を窺うようにしていた愛さんが、ゆらりとこちらへ移動して来て、お茶の前に座った。

 そしてついでのように、新しい水着を触り、笑った。

 桑原さんが生きているように扱うのが原因か、愛さんは成仏するという気が無いように見える。

 僕と直は、頷き合った。

「まず、愛さん。あなたは亡くなっています。仲が良かった友達でも、彼女は生きています。一緒にいたいからと、無理矢理あの世に連れて行く事はさせられませんよ」

 それを聞いて、愛さんは目を吊り上げ、桑原さんは喜んだ。

「まあ!やっぱり愛はいるのね!?そうだと思ったわ!」

「桑原さん。お嬢さんは、成仏できずに迷っているんですよ」

 それでも桑原さんは、にこにことしていた。

「このままだとだめとか言うんでしょう?大丈夫ですよ。愛は、瑤子ちゃんが来るのを待っているだけですもの」

「だからねえ、お母さん。瑤子ちゃんを連れて行かせるわけのは、行かないんですよねえ」

 それに、桑原さんは、キョトンとした。

「あら。どうして?仲のいいお友達なのに」

 桑原さんは、娘が亡くなって、やはりどこかおかしくなっているのだろう。

「もし、ほかの方が亡くなって、寂しいからってお嬢さんを連れて行ったらどう思いますか?」

「それは、困るわね……」

「だから――」

「でも、今は愛が寂しいじゃない」

 桑原さんと愛さんは、にっこりと笑った。どこか虚ろな、視線が定まっていないような、不安を掻き立てるような笑顔だ。

 僕は、軽く嘆息して、言った。

「祓います」

「え!?」

「桑原さんは、カウンセリングを受けられることをお勧めします」

 桑原さんと愛さんが、目を吊り上げ、こちらを睨みつけた。





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