第566話 トラップ(1)目撃
師走の繁華街は、とにかく混みあっていた。少し早いクリスマスパーティーをしているグループもあれば、忘年会のグループもあるし、クリスマスに向けての合コンというグループもある。僕達の場合は、やけ酒大会、或いは残念会というところになるのだろうか。
「もうすぐクリスマスかあ」
「クリスマスが待ち遠しいか。いいねえ、彼女アーンド家庭持ちは。羨ましい」
豊川が嘆いて見せる。
同期の男だ。明るく飄々としたやつで、女好き。でも、それ以上に友情に篤いやつだ。
「そんないいもんじゃ無くてぇ、出るんだよねえ。クリスマスには、寂しくクリスマスを迎えた霊がヤケクソみたいにねえ。ついでにバレンタインも、モテなかった男と彼氏がいないままだった女が出るんだよねえ」
直が嘆息しながら、説明する。
「毎年、デパートの催事場とかデートスポットに出るから、忙しいの何の……」
僕も嘆く。
「それは……大変だな、霊能師も」
そっと、同情の目を向けて来るのは、富永だ。
彼も同期だが、つい先日、上司を殴って辞表を叩きつけ、今はまだ無職である。まっすぐな正義漢で、ちょっと暑苦しい時もあるが、単純――いや、純粋でいいやつだ。
今日はこの4人で飲もうと居酒屋に集まったのだ。
「富永、これからどうするんだ?」
「そうだなあ。退職後の仕事の斡旋もしてくれるみたいだけど、何か、それはイヤだ。組織にケンカ売って辞めたのにそれはなあ」
「じゃあ、来年は、ハローワークかねえ?」
「お前は運動神経はいいし、体力はバカみたいにあるし、真面目だし。自衛隊とか海保とかはどうだ?それか、警備会社」
「なるほど。ごちゃごちゃはあるかな、怜」
「どこでも、多かれ少なかれあるだろうがな。官僚の世界とは違うだろ」
「そうだなあ。ちょっと考えてみるか」
「ようし!就職が決まったら、祝い酒な!」
豊川が言って、富永の背中をバンバンと叩く。
と、その手が不意に止まった。
「ん?あの美人と歩いているのは、堺田課長?」
豊川が、前方の人込みに目を凝らす。
「上司か?」
「元のな。研修の途中で異動して行ったんだけど。今は確か、総務じゃなかったかな」
「おい、あれ」
僕は豊川の袖を引いた。
甘い空気を醸しながら歩く堺田さんと美人の後を、距離を置いて歩く男がいる。
普通の時なら目立たなかったんだろうが、カップルだらけ、グループだらけの中では、何となく浮いて見える。
「外事の人じゃなかったかねえ?」
相変わらず、直は凄い。
「という事は、もしや、あの美人は」
「スパイ?」
「……」
「考えすぎだろ」
「だよねえ」
「あはは!」
「コーヒーでも飲もう。おいしい店ないか?」
僕達は人並みに紛れてしまった堺田さんの事を振り払うように、二次会に突入し、チョコレートパフェのスカイタワーというものにチャレンジしたのだった。
翌朝、陰陽課に駆け込んできたのは、豊川だった。
「何か、見た光景だねえ」
「物凄く、嫌な、面倒臭い予感がするぞ」
囁き合う僕と直の所へ、豊川は真っすぐに来た。
「おはよう」
「おはよう、豊川」
「おう、おはよう。昨日のパフェは凄かった――じゃない!大変だ!」
陰陽課の他のメンバーは、このところのこの光景に慣れつつあるのか、構えることなく何となく話を聞いているだけだ。
「堺田課長が女スパイに情報を流して潜入してた人が殺されたって!」
「何!?昨日のあの美人か?」
「ああ。あれがスパイで、あれと仲間の大物スパイが、外事の使ってた潜入者を殺して行方をくらませたらしい」
それで、皆も緊張した顔になる。
「あれ?でも、外事の捜査員が、昨日尾行してたよな?」
「してたねえ。見張ってて逃げられたのかねえ?」
何となく、助言を求めて小牧さんを見た。
「逃がしたから、責任を他に擦り付けたって事もありますよ。詳しくは知りませんが、今の話の断片からは」
「いえ、流石小牧さん。その通りです。
堺田課長は、何て?」
「会ってない。隔離されてた」
豊川はシュンとして、
「嫌な事が続くなあ」
と言いながら、戻って行った。
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