第566話 トラップ(1)目撃

 師走の繁華街は、とにかく混みあっていた。少し早いクリスマスパーティーをしているグループもあれば、忘年会のグループもあるし、クリスマスに向けての合コンというグループもある。僕達の場合は、やけ酒大会、或いは残念会というところになるのだろうか。

「もうすぐクリスマスかあ」

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「クリスマスが待ち遠しいか。いいねえ、彼女アーンド家庭持ちは。羨ましい」

 豊川が嘆いて見せる。

 同期の男だ。明るく飄々としたやつで、女好き。でも、それ以上に友情に篤いやつだ。

「そんないいもんじゃ無くてぇ、出るんだよねえ。クリスマスには、寂しくクリスマスを迎えた霊がヤケクソみたいにねえ。ついでにバレンタインも、モテなかった男と彼氏がいないままだった女が出るんだよねえ」

 直が嘆息しながら、説明する。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。

「毎年、デパートの催事場とかデートスポットに出るから、忙しいの何の……」

 僕も嘆く。

「それは……大変だな、霊能師も」

 そっと、同情の目を向けて来るのは、富永だ。

 彼も同期だが、つい先日、上司を殴って辞表を叩きつけ、今はまだ無職である。まっすぐな正義漢で、ちょっと暑苦しい時もあるが、単純――いや、純粋でいいやつだ。

 今日はこの4人で飲もうと居酒屋に集まったのだ。

「富永、これからどうするんだ?」

「そうだなあ。退職後の仕事の斡旋もしてくれるみたいだけど、何か、それはイヤだ。組織にケンカ売って辞めたのにそれはなあ」

「じゃあ、来年は、ハローワークかねえ?」

「お前は運動神経はいいし、体力はバカみたいにあるし、真面目だし。自衛隊とか海保とかはどうだ?それか、警備会社」

「なるほど。ごちゃごちゃはあるかな、怜」

「どこでも、多かれ少なかれあるだろうがな。官僚の世界とは違うだろ」

「そうだなあ。ちょっと考えてみるか」

「ようし!就職が決まったら、祝い酒な!」

 豊川が言って、富永の背中をバンバンと叩く。

 と、その手が不意に止まった。

「ん?あの美人と歩いているのは、堺田課長?」

 豊川が、前方の人込みに目を凝らす。

「上司か?」

「元のな。研修の途中で異動して行ったんだけど。今は確か、総務じゃなかったかな」

「おい、あれ」

 僕は豊川の袖を引いた。

 甘い空気を醸しながら歩く堺田さんと美人の後を、距離を置いて歩く男がいる。

 普通の時なら目立たなかったんだろうが、カップルだらけ、グループだらけの中では、何となく浮いて見える。

「外事の人じゃなかったかねえ?」

 相変わらず、直は凄い。

「という事は、もしや、あの美人は」

「スパイ?」

「……」

「考えすぎだろ」

「だよねえ」

「あはは!」

「コーヒーでも飲もう。おいしい店ないか?」

 僕達は人並みに紛れてしまった堺田さんの事を振り払うように、二次会に突入し、チョコレートパフェのスカイタワーというものにチャレンジしたのだった。


 翌朝、陰陽課に駆け込んできたのは、豊川だった。

「何か、見た光景だねえ」

「物凄く、嫌な、面倒臭い予感がするぞ」

 囁き合う僕と直の所へ、豊川は真っすぐに来た。

「おはよう」

「おはよう、豊川」

「おう、おはよう。昨日のパフェは凄かった――じゃない!大変だ!」

 陰陽課の他のメンバーは、このところのこの光景に慣れつつあるのか、構えることなく何となく話を聞いているだけだ。

「堺田課長が女スパイに情報を流して潜入してた人が殺されたって!」

「何!?昨日のあの美人か?」

「ああ。あれがスパイで、あれと仲間の大物スパイが、外事の使ってた潜入者を殺して行方をくらませたらしい」

 それで、皆も緊張した顔になる。

「あれ?でも、外事の捜査員が、昨日尾行してたよな?」

「してたねえ。見張ってて逃げられたのかねえ?」

 何となく、助言を求めて小牧さんを見た。

「逃がしたから、責任を他に擦り付けたって事もありますよ。詳しくは知りませんが、今の話の断片からは」

「いえ、流石小牧さん。その通りです。

 堺田課長は、何て?」

「会ってない。隔離されてた」

 豊川はシュンとして、

「嫌な事が続くなあ」

と言いながら、戻って行った。




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