第548話 インチキ霊能師(2)家宅捜索
狩衣姿の男が、目を眇めて客を見る。そして、言った。
「続く頭痛は、霊のせいですね。あなたに憑りついて狙っているのに、あなたの守護霊が抵抗して、それで頭痛が続くんです。
お、いかん、暴れるぞ!
心配はない、任せなさい。
観自在菩薩――クッ!般若波羅蜜多――」
しばし目を瞑りながら力一杯般若心経を唱え、扇子を突き出すと、そこに霊が現れる。
「おおーっ」
客は心なしか興奮している。
「出たな!悪霊退散!ええいっ!」
言うや、むんずと掴んだ粗塩を、その霊に投げつけた。
霊は、苦し気に身を捩ると、
「ぎゃああ!」
と言いながら姿を消した。
「これで大丈夫です。危ない所だった」
「終わりですか?」
「はい。
では、料金は、祈祷料、清め塩、相談料で3万円です」
客のフリをして沼田の所へ行き、出て来た美保さんは、僕達の所に戻って来て、
「ああ、面白かった!」
と言った。
こっそりと録画もしていたし、僕は目を付けて、眺めていた。
「頭、痛くないんですけどね」
「熱演だったねえ」
「霊はどうですか」
「いた事はいたが、どうだろうな」
「ぼくと全く同じでしたね。確認するまでもなく」
八分さんが言う。彼もこの前に相談に行ったのだが、
「胃が痛いのは霊のせい」
と言われ、全く同じ流れ、同じ霊だったのだ。
「ぼくの胃が痛いのは、ストレスですけどね、本当は」
「これで決まったな。証拠も揃った。逮捕状を取るか」
そして、無免許で霊能業務を行った容疑で、逮捕状を取ったのである。
ドアチャイムを鳴らし、出て来た沼田に千歳さんが逮捕状を翳して逮捕する旨を告げると、他の皆は室内になだれ込んで証拠品の押収を始める。
これは3係の仕事だが、ヒマなのもあって、皆で行く。
「ちょっと、何するんですか」
「はい、触らないで下さいね」
沼田は芦屋さんが押さえているし、帳簿や名簿を押さえて行く。
「祟りがありますよ!」
「脅すのか?残念ながら利かんがな」
「霊能師なら、言ってはいけない事ですよね」
ずっと祈祷中に持っていた扇子を見る。
これには弱いながらも気配があるのだ。
「これは……」
「あ、それに触るな!」
慌てる沼田を芦谷さんが押さえ、僕は構わず、扇子を手に取った。
「何かあるな……」
その慌て具合からも明白だしな。
ひっくり返したり、広げたり。
「ん?」
広がらない。扇子の形をした、細長い入れ物になっている。そして、要の部分を押すと、
「おお、開いたぞ」
先がわずかに開いた。
「あ」
そこから、霊が出た。極々弱い雑霊だ。
しかし、怒ったように、がああ!と威嚇して来る。
「あああ……!」
沼田が慌て、
「塩!塩!」
と言う。
「え、塩?勿体ない」
「掃除も大変だねえ、塩をまいたら」
霊はキョロキョロして、次に、オドオドと逃げ惑う。
それを、直が札で拘束した。
「何だよお!突然来て、箱に閉じ込めやがって!」
泣きべそをかき始める霊に、恐怖は全く感じない。
「ちょっとお話を聞きたいだけです」
「……話?」
「あなたはどうしてここに?」
霊は、ジトッと沼田を見た。
「事故に遭って、この先どうしようかなあと思ってたら、そいつが来て、何か棒みたいなものをこっちに向けたんだ。そうしたら何か、吸い込まれて。それで今は、押し出されて出てみれば、こうだ」
直は扇子を見ていたが、
「中に多分、霊を引き寄せる札が貼ってあるんだねえ。弱いものなら吸い込まれるし、強いものなら札が負けるんじゃないかねえ」
「成程。手におえる程度の霊ばかりを集めてたんだな」
沼田は詰まってから、ふてくされた。
「その証拠はあるのか?」
「分解して調べたらわかるよねえ」
「お。まだまだ扇子があるぞ。全部そうかな」
ゴロゴロと出て来た扇子を、小牧さんが無造作に掴んで眺める。
「要の所がボタンになっていて、ここを押すと蓋が開いて、閉じ込めた霊を出すんですね」
皆でしげしげと眺める。
と、押し入れの中に、妙な気配があった。
「何だ?」
押入れを開けると、そこに、際限なく霊を集める場が形成されていた。
「うわっ」
沼田が焦って、
「そこに、壊れた扇子を入れてたんだ!」
と喚いて後ずさる。
「壊れた扇子?」
「閉まらなくなったやつ!」
「つまり、霊がどんどん集まって来る一方か?」
「あ……」
やっと自分でも、不味い事をしたと気付いたらしい。
「あほだろ、お前」
芦谷さんが容赦なく言った。
「全員こっちに固まって。直、頼む。霊は祓って、札は破るか」
「そうだねえ。それがいいかねえ」
のんびりと言いながらも、目は油断なく、それから離さない。
「来るぞ」
集まった霊が一体化して、実体化を始めた。
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