第547話 インチキ霊能師(1)百発百中の霊能師

 穏やかな日の光をガラス越しに浴びながら、アオは窓際で日光浴をしていた。

 直の眷属となって約8年。

 年?レディに訊くものではない。それにどっちみち、アオは普通のインコではなくなっている。この小さな体で毎日嫌と言う程漏れ出た神威を浴び、神の計らいも受け、直も気付いていないようだが、とうに普通のインコの寿命は越えている。猫なら猫又というのがあるが、インコ又というものはあるのだろうか?聞いた事は無いが……まあ、それだ。

 アオは悠々と羽をつくろい、日光浴をしていた。

 と、陰陽課一の強面、芦屋が寄って来た。

 やくざかと思うような風体だが、アオは知っている。彼が小動物好きで、特に猫、小鳥が好きであり、こうして近付いて来た時は、大抵ポケットに「何か」を忍ばせている事を。

 今日は、小松菜だった。

「アオ、おはようさん。菜っ葉食べるかぁ?ビタミンCだぞぉ。

 美味しいかぁ。そうか、そうか。

 だからちょっと、撫でさせてぇ」

 言いながら、小松菜を食べるアオに、そおっと指を伸ばして耳を掻く。

 アオも、「仕方ないわね、もう」と言わんばかりに、しばらく掻かせてやる。

 今日はここで、別の差し入れも登場した。

「アオ、今日も羽の艶がいいですね」

 ニコニコとしながら、近付いて来る。爽やかで物腰がスマート、小牧だ。そんな彼が取り出したのは。

「無農薬のレタスですよ」

 アオは、そっちに乗り換えた。

「あ……」

「美味しいですか?良かったです」

 小牧は言いながら、耳を指先で掻く。


 そんなアオを巡るよくある攻防を、僕は眺めていた。

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 アオは直の眷属だが、何もない時は陰陽課全体のマスコットのようにかわいがられ、色々と貢がれていた。

「アオ、良かったねえ。小松菜もレタスも貰って」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。

 にこにことして直が言うと、アオは

「チッ」

と返事をした。

 今日は比較的平和で、1係、2係共、出張も出動もなく部屋で書類仕事をする予定だ。

 そこへ、唯一外へ行っていた3係の美保さんと千歳さんが戻って来た。

「沢井係長、例のヤツ、やっぱり変ですよ」

 美保さんが言う。エリカの男版みたいな陽気なオカルト好きだ。

「百発百中で憑いている霊の暴れるのを言い当てて祓うんです。まるで予言というか、シナリオ通りというか」

 千歳さんが言い添えた。元捜査1課のまじめで大人しい刑事だ。

「そうか。

 怜――御崎係長、町田係長、ちょっと」

 沢井さんは僕達が高校生の頃からの知り合いだ。

 そうして全員で、その説明を聞く事になった。

「神奈川県在住の貴龍院祥きりゅういんしょうこと本名、沼田安夫ぬまたやすお32歳」

 千歳さんが説明を始めたばかりの時点で、全員騒然となった。

「凄い名前の落差!」

「32歳で未だに中二病?」

「恥ずかしくないのかな、却って」

 総つっこみである。

「陰陽師の血筋の霊能師を名乗り、関東で霊能活動をしているのですが、資格はありません。

 ただ、彼が『霊が憑いている』と言うと間違いなく憑いていて、『あ、暴れる』と言えば必ず暴れ、そして間違いなく祓うんだそうです」

「嘘臭……」

 芦谷さんが鼻をフンと鳴らした。

「はい。まずは無資格の容疑で調査に入りましたが、いつも、同じなんですよ」

 千歳さんが、言葉に困ったようにしながら言った。

「こう、その霊によって違いがあって当然でしょう?春の研修の時も、現れ方、暴れ方、程度、皆違いました」

「でも、同じなんですよ、パターンが」

 美保さんが継ぐ。

「まず貴龍院が『霊が憑いていますね』と言う。そして、『いかん、暴れる!』と言ったらがおーって感じで霊が現れて、『ええいっ』と言って塩を投げつけて般若心経を唱えたら、霊がしゅうぅ、と消えるんです」

「ニセモノだな」

「インチキだね」

「貴龍院祥だもんな」

「こじらせたな」

 もう、本人がここにいたら、泣くかも知れない勢いだ。

「でも一応は霊を祓うか祓うフリかしてるんだな?」

 僕は笑いをこらえて言った。

「はい」

「調査してみないとねえ」

 直が咳払いをして言ったが、口元がヒクヒクしている。

「じゃあ、早速詳しく調べてみよう、貴龍院祥の件について」

 徳川さんが言って、盛大に吹き出した。

「課長、笑っちゃだめですって」

「何とか我慢してたのにぃ」

「ひゃははは!」

 陰陽課は、笑いに包まれた。



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