第483話 刑事の執念(1)20年の間隙

 亜美は、スーパーの近くにある小さい公園で、ブランコに乗っていた。

 時間帯によるものか、今はほかに誰もいない。競争しなくても遊具が乗り放題なので最初は嬉しいと思ったが、1人だとつまらなくなって来た。

「お母さん、まだかなあ」

 首を伸ばしてスーパーの方を見るが、来る様子はない。

 と、お巡りさんが前に立った。

「どうしたの。1人?」

 コクンと頷く。

「お母さんが買い物中で、ここで待ってるの」

「そうか。遅いね。お巡りさんと、迎えに行こうか」

 知らない人について行っちゃダメとは言われたが、お巡りさんなら大丈夫だろう。そう思ったので、

「うん」

と言って、お巡りさんの差し出す赤い風船をもらい、手をつないだ。

 4歳の亜美には、本物の警官の制服と似ているニセものの服との違いも、その行動の不自然さも、わからなかった……。


 4歳女児連れ去り事件。その事件は、ママ友のつながりから世間に広がり、あっという間にマスコミにも知られる事になった。

「拡散が早いなあ」

 御崎みさき れん。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、新人警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「この頃は、マスコミよりもこっちが早かったりするからねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

 窓からちょっと外を覗くと、マスコミがひしめいているのが見える。

「世間の注目度が高いから、少しのミスでも叩かれるぞ。気を引き締めて行かんとな」

 大池さんが言い、僕と直は「はい」と返事した。

 この事件には課の垣根を超えて全署員で当たる事になっている。その為、署の幹部、強行犯係、各係の代表者が講堂に集まって、全体会議を行う事になっていた。

「そろそろか」

 桂さんが言った時、署長が姿を見せ、全員、席で起立してそれを迎えた。

 署長と幹部が上席に着き、シンと黙って直立不動で署員らが立つ。

「全員、礼!……休め!」

 それで全員、椅子に座る。

「ただ今より、緊急の全体会議を実施いたします。まずは署長──」

 警務課長代理が言った時、ガラリとドアが開いて、全員の視線がそちらに向いた。痩せた中年の男がいた。

「高峰さん!」

 益田さんが言って、彼はちょっと片手を上げた。

高峰修三たかみねしゅうぞう、係長が着任する前までうちにいた刑事です。病気で入院中なんですけどね」

 桂さんが、小声で教えてくれた。

「強行犯係に?」

「はい。高峰さんが抜けたので、五日市が入ったんですよ」

「へえ。ベテランかあ」

 そんなやり取りの間に、高峰さんは上席の前に歩いて行った。

「高峰巡査部長。入院中では?」

 刑事課課長が訊くのに、高峰さんは肩を竦めた。

「こんな事件の話を聞いちゃ、寝てられませんや。復帰、します」

「高峰……しかし……」

「同じなんですよ。20年前の引きずったまんまのヤマと。これをどうにかして、ヤツを挙げないと。俺の警察官としての、どうしてもつけなくちゃいけない区切りなんですよ」

 僕は、緊張する思いで高峰さんを見ていた。

 署長達が何と言うか、皆、固唾を呑んで見ている。

「体は大丈夫なのか」

「どうせお迎えを待つだけですよ。動けます。お願いします。やらせて下さい」

 署長達は目で相談し合い、

「わかった。ただし、無理だけはするなよ」

と結論を出した。


 ニセの警察官の制服を着た男が赤い風船を手に子供に近付き、風船を渡して、子供と手をつないで去る。その様子が、近くの防犯カメラに残っていた。

「20年前にもこれと同じ犯行が行われた。当時の被害者は、笹村幸子ささむらさちこ、4歳。赤い風船を手にしながらニセ警官と歩く姿が残っていた。

 当時、ホシじゃないかと怪しんだやつはいた。だが、証拠が出て来ないまま手も足も出ずだ」

 高峰さんはそう言って、シートにもたれた。

 僕と直と高峰さんで組む事になったのだ。

「20年。幸子ちゃんも見つけてやれねえままだしなあ。何とか見つけて、やつに手錠をかけたい」

 静かだが、強い闘志を感じる。

「高峰さん、やりましょう」

「幸子ちゃんも、今回の被害者の内野亜美うちのあみちゃんも、見つけてあげないとねえ」

「よろしく頼むぜ、係長さんよ」

 高峰さんは、笑った。



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