第469話 新任警部補・町田 直(1)盗犯係着任

 ここまで案内してくれた中村課長が去り、ボクは、これからお世話になる皆の方を見た。

 町田まちだ なお。要領の良さと人当たりの良さを自負している。高1の夏以降、霊が見え、会話ができる体質になった霊能師だ。霊能師としては、祓えないが、札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

 係長補佐だという春日さんは、3つずつ向かい合った机の向かって左側手前の席で、

「よろしくお願いします。趣味はスイーツ巡りです」

と、強面ながら愛想よく言った。

「大池です。定年前のロートルですが、よろしく」

 隣の席のお爺さんがおっとりと言う。

畑田はたけだです。バツイチで、小学生の子供がいます。だからなるべく定時で帰りたいの。よろしく」

 隣の席の女性が微笑んで言った。30代初めという感じで、スラリとした長身だ。

耳原みのはらです。よろしくお願いします」

 右側手前の、30前後の男が言った。

中条ちゅうじょうです。よろしくお願いします」

 その隣の小柄で勝気そうな女性が言う。20代終わりというところか。

こおりです。どうも、よろしくお願いします」

 隣の20代半ば辺りの男は、いかにも気弱そうだ。

「町田 直です。どうかよろしくお願いしますぅ」

 ボクは皆に挨拶して、頭を下げた。

「係長の席はそこですよ」

 お誕生日席とでもいうところの席を示される。

「あ、はい」

「署内をひと回りしてきましょうか、挨拶がてら」

「はい」

 ボクは春日さんに連れられて、部屋を出た。


 春日さんは見た目は怖そうだけど、優しくて、署内に知り合いが多いようだった。方々で新作スイーツの話をしては女性と盛り上がり、迷子の子供には飴玉をあげて泣き止ませていた。

 そして、係の皆の話もしてくれる。

「大池さんは、通称御隠居。盗犯一筋の生き字引だね。

 畑中さんの元夫は大学の同級生だったんだけど、3回も浮気したんで、慰謝料取って叩き出したそうだよ。女房が妊娠中に浮気って、最低だよなあ。でも、畑中さんも強いよな。

 中条は、刑事ドラマに憧れて警官になったクチで、張り切り過ぎてから回る事も少なくないな。それに、強行犯に行きたがってるんだけど、ドジでオッチョコチョイで運動音痴気味なところを何とかしないと、なあ。

 郡は一番下っ端のお茶当番だから、好みのお茶の淹れ方とか、遠慮せずに言って下さいよ」

「ははは。ボクの方が新入りなのにねえ」

「ははは。警察は階級社会。気にしない、気にしない。

 あ、今日はおやつもあるからお楽しみに」

 アットホームな雰囲気は、伝わって来た。怜の配属先より、居心地が良さそうな雰囲気だ。

 ボクは少し、ラッキー、と思った。


 ひと回りして戻ると、今度は、空き巣から押収した証拠品が待っていた。質屋に入ったらしい。

「質屋ですかあ」

「係長、知らない?最近の質屋は、中古ショップの看板を上げてるよ」

 春日さんが言い、

「ああ、それなら。あ、そうかあ」

「昔ながらの、人通りを気にしながら入るなんてものは、無いからなあ、コントでも」

 御隠居は笑い、並べたブツを見る。

 高そうなネックレスや指輪、カメラ、腕時計、香水。ブランド品に疎いボクでも一目でわかる物もあった。

 と、その腕時計が目に付いた。

「あら。これ、姉がしてたわ。初デートの時、キャラクター腕時計が恥ずかしくて勝手に借りたら、怒られた、怒られた」

 言いながら、その瀟洒な婦人物の腕時計を畑田さんが取り上げた。

「でも確か、ペアウォッチだったと思ったけど」

「畑ちゃん、ペアウォッチを借りたのかい?そりゃあ怒られるだろう」

 御隠居が目を丸くして言い、畑田さんも、

「それもそうね。

 ああ。懐かしいわ。あの頃は恋愛に夢があったもの。純粋で。あの日に帰りたいものよねえ」

と笑い、皆、あははと笑った。

 すると、何か腕時計から弱い気配がし、気のせいかと目を向け直している先で、フラフラと貧血のように畑田さんがしゃがみ込んだ。

「わっ、畑田さん!?」

 慌てて皆が手を差し出す。

「大丈夫。ちょっと仕事のし過ぎだと思うわ」

「畑田さん、それはないです」

 はっきりと中条さんが言い切り、春日さんは一瞬笑いそうになってから、

「郡!」

と言う。

「はい!」

 郡さんは素早くデスクの椅子を引いて、温かいお茶を淹れに行く。成程、使いっ走りだ。

「ありがとう」

 畑田さんは青い顔で言いながら椅子に座り、お茶を飲んだ。

「休んどけ」

 春日さんが言って、他の皆で、仕事にかかった。

 でもボクは、引っかかっていた。あの腕時計が、畑田さんから気を吸い取っていたように見えたのだ。



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