第465話 新任警部補・御崎 怜(1)強行犯係着任

 数度の試験をクリアし、初任幹部課程教養を終えた僕達は、9ヶ月間、研修配置として各々警察署の第一線に出される。実務研修のためだ。

 とは言え、キャリアが送られるのは、安全地帯である。

 僕と直は同じ署の刑事部で、並んで署長と課長の前に立っていた。

「御崎 怜警部補」

「はい」

 御崎みさき れん。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、新人警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「町田 直警部補」

「はい」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

「わかっていると思うが、現場での実務というものと、部下の指揮についてを学んでもらうのが目的だ。徳川警視正からはそれに加えて、骨董や、暴力事案に触れさせて欲しいと言われている。まあ、無理なく、安全に研修を行って欲しい。くれぐれも、暴力の現場へ突っ込んで行くとかいうのは控えてもらえると有り難い。

 じゃあ、後は頼むよ」

 署長が言い、僕と直はもう一度

「よろしくお願いいたします」

と頭を下げてから、刑事課長について署長室を出た。

 中村課長はクールで有能な事務員風で、先輩キャリアである。

「署長はもう定年だから、まさかここでキャリアに怪我でもされたらとビクビクしてるからな。まあ、汲んでやってくれ。

 御崎君は強行犯係、町田君は盗犯係だ。これから案内しよう」

「はい」

 大人しくついて、刑事課の部屋に入る。

 大きな職員室という感じだった。天井から『強行犯係』『盗犯係』などというプラスティックの看板がぶら下がり、その下に、机が向かい合わせに並べられていた。

 強行犯係と盗犯係は隣り合わせで、行くと、各々の代表者のような人が立ち上がった。

「強行犯係係長補佐の桂巡査部長と、盗犯係係長補佐の春日巡査部長。御崎警部補と町田警部補だ。よろしく頼むよ」

 2人の係長補佐は直立不動で上半身を軽く折る礼をし、それで中村課長は部屋を出て行った。

 それを見送りながら、多分僕と直は、同じ感想を抱いていたに違いない。

 2人の係長補佐のうち、片方は強面の大男で、もう片方は優しそうでにこにことしてヒョロっとしていた。どう見ても大男が桂巡査部長だと思うだろうが、反対だった。

 人は見かけによらないからなあ。

「改めまして、桂です。何でも遠慮なく言って下さいね」

 ニコニコとしていて、気さくそうだ。巡査部長というのは、警部や警部補を補佐するベテランだ。これから、この桂さんには本当にお世話になる事になる。

「御崎 怜です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「メンバーを紹介しますね」

 桂さんが言うと、向かい合わせの机についていた5人が、こちらを見た。

 左右3つずつ向かい合っており、お誕生日席から見て左手前が桂さんの席だ。

 その隣にはワイルドな感じの、革ジャンの男がいた。

「黒井です。いい感じの飲み屋、紹介しますよ。よろしく」

 その向こうの30前の寡黙そうな男が立つ。

「大島です。24時間使えるジム、お教えしますよ。よろしくお願いします」

 右側手前には、不機嫌そうな男がいた。年は30前後かと思う。

「益田です」

 あっさりしている。

 その隣の小太りの30代半ばくらいの男が立った。

「あ、下井です。食べるのが大好きで、この辺のお勧めのお店、お勧めしないお店、お教えしますよ。後、えりなちゃんのファンです。もしサインもらえるのなら欲しいです。よろしくお願いします」

 にこにこと、話しやすそうだ。

 その隣の20代終わりくらいの男が立ち、ただ1人、緊張したように直立不動で喋った。

「い、五日市です。今月初めに移動して来たばかりです。よろしくお願いいたします」

「御崎 怜です。わからないことだらけだと思いますが、よろしくお願いいたします」

 僕は言い、皆で頭を下げ合った。

「係長の席はそこですからね」

 誰の事かとスルーしかけ、ああ、そうだったと

「ああ、はい」

と返事する。

 ここはキャリアが良く来る署なので慣れているのか、皆反応はない。多分、誰でもこんなものなんだろう。昨日まで学校にいたのにいきなり係長って、ピンと来ない。

「じゃあ、署内を案内しましょうか」

 僕は桂さんに連れられて、署内の案内と挨拶回りに向かった。


 テーブルを囲んで、お茶、ノンアルコールビールで乾杯をする。

「まずは着任初日、お疲れ様。乾杯」

「乾杯」

 ああ、プーアール茶が美味しい。やっぱり、家族と囲む食卓はいいな。

 今日は全て冴子姉が作ってくれたご飯で、黒米ご飯、厚揚げ焼き、ブタ冷しゃぶサラダ、じゃこのおろし和え、玉ねぎとわかめの味噌汁。

「美味しいよ!ぶた冷しゃぶサラダはさっぱりしてるし、豚は柔らかいし」

「ありがとう!教えてもらった通りにしてるからね!」

 冴子姉がガッツポーズをし、笑う。

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

「それで、どうだ?今日はまだ、事件は起きずか?」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「ケンカとひったくりがあったよ。でも何より、係長とか呼ばれても、慣れなくて」

 兄は笑い、

「覚えがあるな。まあ、その内慣れる」

と言った。

「怜。明日はお家にいる?遊ぶ?」

 甥のけいが、期待を込めて見上げて来る。

「ごめんな、敬。僕も仕事があるから、今度、休みの日に遊ぼうな」

 敬は少し考えて、訊いた。

「お父さんと一緒?」

「うん、そう」

「ぼくも大きくなったらお巡りさんになる!」

「頼もしいな」

「うん!だけど、今度のお休みは遊ぼ?」

「そうだな」

 敬は聞き分けがいい。流石は兄の子だ。

「美味しいね!」

「そうだな。美味しいな」

 皆でニコニコと食べていると、電話が鳴り出した。

「あ、僕だ」

 急いで出ると、事件だという。

「わかりました。すぐに行きます」

 僕は兄ちゃん達に事件が起こったので仕事になったと言って、着替えて玄関に急いだ。

「怜、気を付けろよ。焦らず、確実に、とにかくわからない事は頼れ。いいな」

「はい。ありがとう。行ってきます」

 兄に見送られて、僕は家を出た。



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