第464話 ヤンデレ・ゴースト(4)決別

 ベンチの端で、武藤さんが蛇に睨まれたカエルの如く固まっていた。そして烏丸さんは、武藤さんの隣に座りながら、俯き加減でぶつぶつと呟いている。

「あの女とはどういう関係ですか」

「烏丸さんの後にコンビニに――」

「いえ、いいです。所詮、生きている女は全員邪魔者、敵です」

「え……」

「やっぱり、耐えられません。他の女と視線を交わしたり言葉を交わしたりするのは。それに、私以外の人間と親しくするのも嫌です。だって私が一番武藤さんの事を考えてて、一番何でも知ってるのに」

「いや、あの」

「男も女もです。武藤さんは私だけのものです」

 烏丸さんは全開の笑顔を浮かべるが、歪で、恐怖しか感じない。言葉の意味は分かっているのに、違う言葉を聞いているような気がする。

 武藤さんは、意を決したように口を開いた。

「烏丸さん。落ち着きましょう」

「武藤さん。やっぱり一緒になりたいです。死んで下さい」

 笑顔が怖い。

「烏丸さん。もう無理です。お互いの為にならない」

「どうして?大丈夫。私、尽くす女だから」

 烏丸さんのまとう負の気配が、濃く、重くなる。

 限度だ。

「そこまでです」

 僕が言うのと同時に、直が札を切って烏丸さんを結界で囲う。

「武藤さん、こちらに。

 烏丸さん。約束、しましたよね」


     武藤さん 武藤さん


 武藤さんが僕と直のところまで来ると、烏丸さんは表情も一変させ、怒りだした。


     私だって幸せになりたい

     私のモノ カエセ


「烏丸さん。浄化します」

 浄力を放つ。

 烏丸さんのまとう黒いものは薄れ、烏丸さんはさらさらと崩れるように消えて行った。

 それを見ていた武藤さんは、溜め息をついた。

「はああ。もう少し、我慢するべきだったのかな」

「だめですよぉ」

 直がとんでもないと声を上げる。

「元々不自然だったんです。

 大体、これが生きている人間だったと考えて下さい。立派なストーカーですよ。危険な、接近禁止の命令を出すくらいの人ですよ」

「そう、だな。確かに」

 武藤さんは頷いた。

「約束通りにしただけだし、成仏させたから、結局はこれで良かったんですよ」

「そうだねえ。気にしないでいいねえ。

 むしろ、気にしないといけないのは、あーんについて事情聴取したがるだろう皆ですかねえ」

 直が冗談めかして言うと、皆、前まで走り込んで来た。

「皆、ありがとうございました」

 武藤さんが頭を下げるのに、笑う。

「気にしないで下さいよ」

「そうそう。面白――為になりましたし」

『全員、終了だ。帰って来い。駅の入り口で集合な』

 教官からの無線を受け、僕達は歩き出す。

「しかし、ヤンデレの霊とは言え、2回り年下の女の子にもててあーんまでした御感想は?」

 豊川がニヤニヤしながら訊いて、武藤さんは真っ赤になって頭を掻いた。

「私には向いていませんなあ。こりごりです」

「あら。武藤さんは頼りがいがあるし、署に戻ればわからないわよ」

 相馬がふふんと笑うと、

「俺は、俺は!?」

と意気込んで富永が言い、

「あんたはもうちょっと落ち着きなさい」

という筧の言葉にしゅんとして、皆、爆笑した。

 もうすぐ、研修配置で現場に出る。それが何だか無性に、待ち遠しい気がした。




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