第463話 ヤンデレ・ゴースト(3)デート

 休日の渋谷は、若いカップルやグループが多かった。

 その中で、武藤さんと烏丸さんのペアは、どことなく浮いていた。

『こちら筧。目の前をマルタイが通過。どうぞ』

『了解。塚本と及川は次の角を左折、筧、真白田は追尾に入れ』

『及川了解』

『筧了解』

 その2人の後を尾けている僕達も、多分浮いているだろう。

 教官に話したら、

「面白そうだな。よし。自主訓練だ」

と迫田教官も温水教官も悪乗りして、僕達は尾行の実地訓練を兼ねて武藤さん達を尾けているのである。本部で指揮を執るのは教官2人で、僕と直、筧と真白田、塚本と及川、相馬と倉阪、豊川と富永のペアが、無線機を装着して尾行していた。

 目つきが真剣過ぎたり、視線が固定されていたり、いかにも「尾行しています」という雰囲気が出ていて、まだまだ修行が足りないと実感させられる。城北と葵は不参加だが、これはこれでいい経験になったと思う。

『こちら筧。マルタイは喫茶エンゼルに入店』

『筧ペアは表で待機、倉阪ペアは裏を確認。御崎ペアは入店して貼り付け』

『筧了解』

『倉阪了解』

「御崎了解」

 僕は直に小さく頷いて、同じ喫茶店に入った。

 店内のテーブルは8割方埋まっていたが、運良く、武藤さんの近くの席に滑り込む事ができた。

「何にしようかなあ」

 直がメニューを開く。が、思い出す。

「飲み物はガブガブ飲んじゃいけないんだったねえ」

「暑いし、目の前にあるのにな」

 冷たい水の入ったグラスを恨めしく眺める。

 武藤さんは、チラッとこちらを見て、申し訳なさそうな顔をした。

 武藤さんはこの尾行訓練の事を知っているのだ。

 いや、教官達と話をしているので、尾行を撒くような動きを入れて来るかも知れない。

「コーヒーを」

「ボクも」

 注文をして、視界の端で武藤さん達を監視する。

「目を使えば簡単なんだけどな」

「ボクもアオがいればねえ」

「まあ、基本を学ぶのも必要だしな」

「そうだねえ」

 普通に雑談している普通の友人同士という感じで、武藤さん達を窺っていると、あちらはケーキセットを頼んだらしい。武藤さんがバームクーヘンとコーヒー、烏丸さんがミルクレープと紅茶らしい。

「あ……」

 店中が注目したから、僕と直が見たのも自然だったと教官は評価してもらいたい。なんと2人は、「あーん」をしたのである。親子かな、という2人が、あーん。

 武藤さんは最初かなり狼狽えて渋っていたが、烏丸さんが笑顔でケーキを差し出したまま引こうとしないので、注目を余計に浴びると観念したらしい。そして、お返しを待って鳥の雛よろしく口を開けて待たれ、烏丸さんにもあーんを返したのだ。

 真っ赤になりながら汗を拭いて、残りを素早く片付けた武藤さんに、僕と直は心からエールを送った。


 喫茶店を出ると、武藤さんは傍目にも疲れ果てているように見えた。反対に、烏丸さんは上機嫌だ。

 武藤さんはフラフラと、歩き始めた。

「御崎より本部。マルタイは北へ移動を開始」

『了解。豊川ペアは追尾を開始。御崎ペアは店を出ろ』

『豊川了解』

「御崎了解」

 歩いて行く武藤さんの後を、豊川と富永が間隔を置いてついて行く。

 別れて歩き出した僕と直だったが、温水教官が訊いて来た。

『マルタイに何かあったのか?』

 黙っておいてやるべきか、しばし迷った。が、報告も訓練の評価に入る。武藤さん、すみません。

「ええっと、2人であーんをして、店中の注目を浴びてました」

『……そうか……。本部了解』

「不倫カップルとか思われたのかねえ」

「な、仲良し親子?」

「ちょっと厳しいんじゃないかねえ。気の毒だけど……」

「やっぱりな……」

 僕と直は、溜め息をついて武藤さんの健闘を称えた。

 その時、無線に入電があった。

『マルタイに30代女性が接近。笑顔で挨拶して別れたけど、烏丸さんが物凄い笑顔で背中を見送ってる!黒くてやばい笑顔だよ、どうぞ!』

 全員、冷や汗が出たと思う。

『そっそれでマルタイの様子は』

『公園に入ってベンチに座って……む、武藤さんが詰め寄られて、あ、落ちそう』

『御崎、町田、公園に急行して近くで待機』

「御崎了解」

 僕と直は、不測の事態に備えて、公園を目指した。

「あ、烏丸さんが本当にマズイかも」

 直が膨れ上がる気配に呟く。

「祓う事になるかもな」

「仕方ないねえ」

 僕達が公園に足を踏み入れると、ベンチの周辺を、暗くて重い気配が支配していた。



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