第456話 丑の刻参り(3)成就
暗くなってから、神社に行く。
「人数が多いな」
昼に食堂で話を聞いた人、そこから聞いた人が見物に集まり、ちょっとした人数になっていた。
「気にするな。さあ、行こうぜ」
豊川がにこにことしながら、僕と直を急き立てる。
問題の木は、禍々しい邪気をまとっていたので、すぐにわかった。
「年代物だなあ」
「熟成されてるねえ」
僕と直は言いながら、木のそばに立つ鬼を見た。
「この木も迷惑だったと思いますよ。神社の中で、なぜか一手に恨みの念を受け止め続けて。そのせいで変性してしまったんでしょうね」
「それがあなたのような鬼を産んでしまうなんてねえ」
向こう側に、フラフラとした足取りの女性が現れる。下から睨み上げるようにした顔は、険しく、髪は乱れ、服装もいい加減だ。幽霊だと言われても納得しそうな見かけで、数人が、
「ひいっ」
と声を上げた。
「よくも、邪魔を……よくも……」
ブツブツと辛うじて聞こえるくらいの声で言う。その手には、ワラ人形と金槌が握られていた。
鬼が、その恨みを受け、実体化して行く。
呪いの成就を邪魔する奴は 死であがなえ
周囲は驚きからか、悲鳴も上がらない。
直が、鬼と女性を逃がさないように札で囲った。
「さあ、逝こうか」
右手に刀を出して握るのと、鬼が飛び掛かって来るのとは、ほぼ同時だった。鬼は金槌を凶器として振り回している。それを、避け、流し、腕を斬り、袈裟懸けに胴体を斬って一気に浄力を流す。
それで、鬼はさらさらと形を失って消えて行った。
刀を消し、女性に向き直る。
「皆私の邪魔をする……私を笑いものにする……!」
女性の恨み言が連なるごとに、女性の陰が濃さを増す。
「僕達はあなたを笑ったりしませんよ」
「あの女は今も夫と私を嗤っている。地味な女って。何もできない女って」
「まずは、俯かないで、顔を上げましょうか」
浄力を軽く女性に当てると、女性を覆っていた重くて暗い影がスッと消える。
「……?」
「呪いなんて、パワーの割にバカバカしいですよ。あなたが幸せになる事が、一番の意趣返しでしょう」
「そうそう。呪って恨んでも、誰も幸せにならないからねえ」
「……私なんて……」
「なんてじゃないねえ。あなたはあなた。自分が自分をまずは認めないとねえ」
「まずは、上を向きましょうか。それから、怒っても泣いてもいい。でもその後は楽しい事を考えましょうか。何をしましょう。何を食べましょう。その後、これからどうするか考えましょうか」
「こんなものは、いりませんよねえ」
直が、ワラ人形と金槌を手から抜き取ると、女性はわっと泣き出した。
僕達は食堂に集まって、丑の刻参りをしていた女性の事を迫田教官から聞いていた。
「旦那が女を作って出て行ったんだと。それで女はわざわざ電話してきて、別れてくれ、旦那はあんたの事を地味で何の取り柄もない何もできない女だ、別れたいって言ってるわよ、と言ったそうだ。何回も何回も」
「ありふれた話ではあるけど」
「想像したら滅入るな」
真白田と豊川が言って、嘆息した。
「なんて夫だ。正義の鉄槌が下ればいいのに」
富永が怒ると、筧は
「だから男は」
と鼻を鳴らし、
「筧。男が嫌いなのはわかるけど」
と、相馬が苦笑した。
「まあ、慰謝料をがっぽり貰って離婚して、新しい人生に踏み出す方が何倍もいいと、離婚専門の弁護士の所に行ったみたいだぞ」
「あはは。今頃は旦那と愛人が慌てふためいてるんだなあ。いい気味」
「自業自得だな。家族をないがしろにした男の」
葵と倉阪が言って、塚本は頷く。
「まあ、これで一件落着だ。やれやれ」
迫田教官は言って、
「今回の生徒は、色々と何かが起こるなあ」
と呟いた。
「はっ。君達!私の足は引っ張らないでくれよ!?汚名で有名な期なんて冗談じゃないからな!」
城北が、キンキン声でまくしたてるが、いつもの事と、誰も反応しない。
「さあて、そろそろ昼休みも終わるな。とっとと勉強してきな」
迫田教官が立ち上がりながら言って、皆、椅子から立ち上がる。
「あ、御崎、町田。女の子を誘って肝試しに行かないか?お前らがいれば何があっても大丈夫だし」
豊川が肩を組んでくる。
「懲りろよ。それから、面倒臭い」
言ったら直が吹き出した。
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