第457話 裏切り(1)うわさ

 入学から日が経ち、カリキュラムも進んで行く。僕達も、武道や射撃などについては、嗜み程度にはできるようにと訓練される。

 その中で、異様に張り切っているのが富永と筧だ。筧は空手のチャンピオンで、男勝りでもある事からか、絶対に体術関連で負けたくないようだ。富永は剣道では有名らしく、こちらも、執拗に試合をしたがり、勝つまでやめようとしないのだ。

 面倒臭くなって適当に手を抜いたら、2人共烈火の如く怒るので、皆、戦々恐々としている。

 射撃に関しては、グアムへ観光旅行へ行った時にした事があると言ったのが及川で、あとは全員初めてで、これには一様に興奮した。

 温水教官が見本を見せたのだが、普段はやる気があるのかないのかという感じなのが、拳銃を手にしたら別人のようにまとう空気が清冽になり、ドラマの如く、真ん中を射貫いていった。

「格好良かったよなあ、温水教官」

 御崎みさき れん。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、新人警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 思い出して、しみじみ言う。まあ、兄ちゃんの方が恰好いいが。

 心の声を聞いたらしい直が、笑いながら言った。

「オリンピックの強化選手候補だったらしいねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

「候補だった?」

 昼休みの食堂で、僕達は集まって話しながら食事をしていた。

 と、背後のテーブルで食べていたベテランの学生が口を挟む。

「あいつは、暴力団と癒着して情報を流していたという噂で、ここに飛ばされて来たんだ。強化選手なんて話、パアだよ、パア」

 言って、トレイを持って去って行った。

「温水教官が……?」

 僕達はそれでシンとなったが、気を取り直して食事を再開する。

「噂だろ。当てにならないよ」

「そうは言っても御崎、火の無い所に煙は立たないとも言うぞ」

 城北が言うのに、皆は、真剣に取り合わずに食事を再開させた。

「火の無い所にでも、無理矢理煙を立たせる輩もいるからねえ」

「そうそう」

「それよりも城北。あなた、いくらキャリアだからって言っても、座学以外ダメすぎでしょ」

「うっ、いいじゃないか、相馬。実際に犯人と撃ち合ったり取っ組み合いをしたりなんて、私達はしないんだ。大体、富永も筧も、そんなに暴れたいなら普通の警官になれば良かったんだ。今からでも警察学校に転校してしまえよ」

「成程。それもいいな。2人ライバルが減る」

 葵がうっすらと笑いながらぽつりと言ったが、

「早く食べろよ。時間がなくなるぞ」

と倉阪が言って、皆、急いで食事をかきこんだ。


 模擬交番の中をじっくりと見る。

「交番は、まあ、見た事があるだろう。落とし物を拾って届けたりして、カウンターまでは入った事があるだろうし、テレビでも出て来るしな。

 ここで、これから実習を行う。

 いくらキャリアでも、実務を知らないんじゃお話にならないからなあ。気を抜かずにしっかりとやれよ」

 城北が、ギクリという風に背筋を伸ばし、皆は笑いをかみ殺す。

 と、外から声がかかった。

「温水か?」

 皆、外を見た。

 2人組のスーツ姿の男が、こちらを向いて立っていた。

「本郷……」

 温水教官が思わずという風に声に出すと、ガタイのいい方が笑った。

「ハコ番実習か。はは。懐かしいねえ。

 いや、この辺りへ仕事で回って来たんだが、会えるとはなあ」

「……さぼっていていいのか。この中に、未来の上司がいるかも知れないぞ」

 温水教官が言うと、2人は、

「おっと。ほんの挨拶だよ。じゃあな」

とおどけたように言って、歩いて行った。

 温水教官は軽く嘆息して、

「続けるぞ」

と、淡々と授業を再開した。

 僕と直は、そっと目配せを交わした。

 今の本郷という刑事には、女の霊が憑りついていたのだ。

 面倒臭い事になる予感がしたが、まさか、そんな大事になるとまでは、思いもしていなかったのだった。



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