第457話 裏切り(1)うわさ
入学から日が経ち、カリキュラムも進んで行く。僕達も、武道や射撃などについては、嗜み程度にはできるようにと訓練される。
その中で、異様に張り切っているのが富永と筧だ。筧は空手のチャンピオンで、男勝りでもある事からか、絶対に体術関連で負けたくないようだ。富永は剣道では有名らしく、こちらも、執拗に試合をしたがり、勝つまでやめようとしないのだ。
面倒臭くなって適当に手を抜いたら、2人共烈火の如く怒るので、皆、戦々恐々としている。
射撃に関しては、グアムへ観光旅行へ行った時にした事があると言ったのが及川で、あとは全員初めてで、これには一様に興奮した。
温水教官が見本を見せたのだが、普段はやる気があるのかないのかという感じなのが、拳銃を手にしたら別人のようにまとう空気が清冽になり、ドラマの如く、真ん中を射貫いていった。
「格好良かったよなあ、温水教官」
思い出して、しみじみ言う。まあ、兄ちゃんの方が恰好いいが。
心の声を聞いたらしい直が、笑いながら言った。
「オリンピックの強化選手候補だったらしいねえ」
「候補だった?」
昼休みの食堂で、僕達は集まって話しながら食事をしていた。
と、背後のテーブルで食べていたベテランの学生が口を挟む。
「あいつは、暴力団と癒着して情報を流していたという噂で、ここに飛ばされて来たんだ。強化選手なんて話、パアだよ、パア」
言って、トレイを持って去って行った。
「温水教官が……?」
僕達はそれでシンとなったが、気を取り直して食事を再開する。
「噂だろ。当てにならないよ」
「そうは言っても御崎、火の無い所に煙は立たないとも言うぞ」
城北が言うのに、皆は、真剣に取り合わずに食事を再開させた。
「火の無い所にでも、無理矢理煙を立たせる輩もいるからねえ」
「そうそう」
「それよりも城北。あなた、いくらキャリアだからって言っても、座学以外ダメすぎでしょ」
「うっ、いいじゃないか、相馬。実際に犯人と撃ち合ったり取っ組み合いをしたりなんて、私達はしないんだ。大体、富永も筧も、そんなに暴れたいなら普通の警官になれば良かったんだ。今からでも警察学校に転校してしまえよ」
「成程。それもいいな。2人ライバルが減る」
葵がうっすらと笑いながらぽつりと言ったが、
「早く食べろよ。時間がなくなるぞ」
と倉阪が言って、皆、急いで食事をかきこんだ。
模擬交番の中をじっくりと見る。
「交番は、まあ、見た事があるだろう。落とし物を拾って届けたりして、カウンターまでは入った事があるだろうし、テレビでも出て来るしな。
ここで、これから実習を行う。
いくらキャリアでも、実務を知らないんじゃお話にならないからなあ。気を抜かずにしっかりとやれよ」
城北が、ギクリという風に背筋を伸ばし、皆は笑いをかみ殺す。
と、外から声がかかった。
「温水か?」
皆、外を見た。
2人組のスーツ姿の男が、こちらを向いて立っていた。
「本郷……」
温水教官が思わずという風に声に出すと、ガタイのいい方が笑った。
「ハコ番実習か。はは。懐かしいねえ。
いや、この辺りへ仕事で回って来たんだが、会えるとはなあ」
「……さぼっていていいのか。この中に、未来の上司がいるかも知れないぞ」
温水教官が言うと、2人は、
「おっと。ほんの挨拶だよ。じゃあな」
とおどけたように言って、歩いて行った。
温水教官は軽く嘆息して、
「続けるぞ」
と、淡々と授業を再開した。
僕と直は、そっと目配せを交わした。
今の本郷という刑事には、女の霊が憑りついていたのだ。
面倒臭い事になる予感がしたが、まさか、そんな大事になるとまでは、思いもしていなかったのだった。
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