第450話 花壇(4)花

 土が、ぼこぼこと持ち上がり、そして、何かが出て来る。白、茶、黒――。

「ヒィッ!?」

「何で!?」

 するりと成猫が4匹花壇から音もなく地面に降り立ち、その後から、5匹の子猫がにゃあにゃあと鳴きながら出て来る。

「これは……!?」

 一見可愛い猫でしかないが、異常だというのは、誰もが理解していた。

「にゃああああ」

 成猫が鳴くと、子猫達は鳴きながら管理人さんの足元にすり寄って行く。

「く、来るなあ!!」

 管理人さんは青い顔を引きつらせながら下がろうとし、しかし猫に囲まれて、座り込んだ。

「た、助けてくれぇ……!」

 成猫が音もなく両肩、両膝に飛び乗り、子猫達は太ももによじ登って行く。

 それを、住人達は凍り付いたように見つめていた。

 中の一匹が、こちらを見る。

「ああ……その人が?」

 ニャアア。

「そうか」

 猫は管理人さんをジッと見ている。

「猫を、花壇に埋めましたね」

「そんな事――ヒイッ!」

 猫に見据えられて、管理人さんは震えている。

 花壇にできた穴を覗くと、中に光るものがあった。

「ライター?」

「し、知らん!」

「指紋とか取れますよ」

「――!!」

 猫も住人達も、黙って管理人さんを見据えている。

「それ、落とし――」

 猫が毛を逆立ててシャアア!と威嚇したら、管理人さんは開き直ったのか、叫ぶように言った。

「穴を掘って、マタタビを撒いて、猫が来たら土を被せたんだよ!」

「生き埋めにしたのか!?」

 馬場さんが悲痛な声を上げた。

「フンはする!うるさい泣き声はあげる!勝手にそこらでエサやりをしてカラスは来る!春にはまた増えて!それで住人は苦情が絶えないし!どうしろって言うんだよぉ!!」

 管理人さんは泣き出して、住人達は詰まった。

「でも、それは酷いわ」

「モラルのない可愛がり方をして苦情を言い立てるのはいいのか!?」

 住人達は言葉を失くしてしまう。

 僕と直は、溜め息をついた。

「同情はします。モラルの欠如も問題でしょう。

 それでも、猫を殺す事の理由にはなりませんよ」

「うっ」

「この猫のうちのどれかが、お腹に子供がいたんでしょうねえ。子猫達は、母親ごと土の中に埋められて、生まれる前に死んだんだねえ」

「う、それは……でも、成長したら……」

 ふと気付くと、いつ集まって来たというのか。辺りにはたくさんの猫がいて、こちらを取り囲んでいた。

 にゃああ。

 そしてその猫達が、一斉に鳴いた。

「ヒイイッ!?」

 管理人さんだけでなく、住人達も震えあがる。

 管理人さんに乗っていた土の下から這い出して来た猫達は、それでどろりと溶けるように形を崩し、管理人さんは白目を剥いて失神した。

 そして他の猫達は、静かにどこかへ消え去って行った。

「馬場さん。お手数ですが、警察に連絡をお願いします。

 行方不明の猫は、思わぬ所から見つかったな」

「はあ。後味の悪い事件だったねえ」

 ビラを配っていた子供の泣き顔が、ふっとよぎった。


 遊園地の芝生の広場で、お弁当の準備をする。約束通り、皆で遊園地に来ているのである。

「美里ちゃん。熊さんのお礼。ありがと!」

 敬が、小さな箱を美里に差し出す。

「あら、何かしら。ありがとう、敬君。開けてもいい?」

「うん!」

 小箱には、鮭の形のクッキーにサーモンピンクの色を付けたチョコレートをかけたお菓子が並んでいる。

「あのね、怜と作ったの。熊さんはシャケが好きでしょ?」

「よく知ってるわね。ありがとう。嬉しいわ。お家で大事に食べるわね」

 美里は小箱を持ってにこにことしている。

「ああ、それと、これも。ありがとうな」

 別の箱も差し出す。

「あら、何かしら。――まあ!」

 すずらんの刺繍の入ったスカーフだ。

「好みとかわからなかったんだが、すずらん、好きだって言ってたし」

「ありがとう!大事にする!」

「ん。

 さあ、食べよう」

 お弁当箱の蓋を、直と同時に開ける。

 五目稲荷、サケと青じそのおにぎらず、カレーピラフとスライスチーズと薄切りのゆで卵のおにぎらず、シンガポールチキンライスのおにぎらず、唐揚げ、ほうれん草を巻き込んだだし巻き卵、レタスときゅうりと人参とカニカマの生春巻きサラダ、じゃが芋のおかか和え、竹の子の煮物、エビのパン粉焼き、うずら卵のスコッチエッグ、いんげんと人参の豚巻き照り焼き。そしてデザートに、エッグタルト、ミニフランクフルト、抹茶マフィン、イチゴ。

「これはまた豪勢で美味しそうな」

 康二さんが歓声を上げる。

「五目稲荷だあ!」

 これは直。直はこれが好きだからな。

「うわあ、プリンとイチゴ!」

「フランクフルトだあ!」

 敬と康介は、そっちに目が釘付けだ。

「美味そうだなあ」

 兄が言う。

「ノンアルコールビールでも持ってくれば良かった!」

「同感!」

 京香さんと冴子姉は冗談を言っている……冗談だよな?

「作ったの?遊園地でお弁当なんて、ドラマのシーン以外でできるなんて思わなかった!わああ、美味しそう!」

「さあ、食べよう。いただきます」

「いただきます!」

 兄の音頭でいただきますをして、食事を始める。

 外で大勢で食べるのは敬も康介も初めてで、敬は遊園地自体も初めてで、大興奮だ。

 それを言うなら、美里もリラックスして楽しんでいるように見える。

 敬と康介が昼寝に入り、兄達が地ビールなどの話を始め、僕と直と美里は、マンションの猫の話をしていた。

「何か騒ぎになっていると思ったけど、そうだったの。ふうん。猫がいいとばっちりね」

「それで、花壇はもうしばらく不毛花壇だって言ってたねえ」

「そうなの。仕方ないけど残念ね」

「それで、だな。その代わりというか、その」

 僕はごそごそと、小箱を差し出す。

「何?……まあ!」

 竜胆のブローチだ。花は青紫のラピスラズリでできている。

「竜胆、好きなんだろ。それで、それは邪気を祓ったり成功と幸運を呼んだりするそうだぞ。それに、竜胆は、美里に合うと思ったから」

「ありがとう。本当に、嬉しいわ!」

 美里は嬉しそうにブローチを眺めている。トップ女優なんだから、このくらいは持っているだろうに。

 直はニヤニヤとしている。お礼だと知っているくせになあ。

 そう思って横を向くと、兄達が揃ってこちらを見ていた。

「うわっ」

 気持ちに名前は付けられないが、急に恥ずかしくなって、コーヒーを飲み干した。

 そうか。こういう時、アルコールがあれば酔った振りができるのか。

 僕は、慣れない事はするもんじゃない、と思った。





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