第449話 花壇(3)土の下

 その電話をかけて来た馬場さんは、どこか戸惑ったような声をしていた。

 猫の声がどこからかするとマンション中で噂になっているらしく、霊能師に相談してみようかという話が持ち上がったそうだ。

『その声なんですが、何種類もあるらしくって』

「わかりました。とにかくそちらへ伺います」

 僕と直はそう返事をして、すぐにマンションへ行った。

 住民が数名、エントランスに立っていた。

「あ、御崎さん、町田さん」

 馬場さんが声を上げ、ホッとした顔をする。

「猫の声が複数するとか」

「はい。野良猫かと思って探したりしたんですが、姿は全くで」

「この辺、猫がいなくなってるんですよ。それと関係してるんじゃないかって……ねえ」

「何か猫の祟りとか?」

 ブルッと主婦達が体を震わせた。

「どのへんで聞こえたんですか」

「だいたい、花壇の近くです」

 皆、花壇に注目した。

 今日の不毛花壇は何も無く、そばのビニール袋に、抜かれたばかりの枯れたパセリが入っていた。

「パセリ?花壇に?」

「きっと、強ければとにかく何でもいいと思ったんじゃないかねえ」

「成程な」

 その不毛花壇に猫が近付いて、土の上で丸くなったり、なあごおお、などと鳴いている。

 しかも1匹や2匹じゃない。7匹もいる。

「……何ですかねえ、あれ」

「え、さあ……」

「何か、気持ち悪いわ……」

「マタタビでも誰かまいたのか?それで猫が集まって、苗も枯れるのか?」

 言いながら、皆で花壇に近寄って行く。

「あ、管理人さん」

 誰かが言ってそちらを向くと、中年の男が、じょうろ片手に立っていた。

「皆さん……」

「猫が急に集まって来てね。何かと思って。ねえ」

「本当にねえ」

 住人達は言いながら、上手く僕、直、馬場さん、管理人さんの背後に回り、肩越しに花壇を覗き込む。

「ちょっと、ごめんねえ」

「ああ。もふもふ……」

 抵抗しない猫達を、花壇から退ける。

「あ、マタタビだ」

 馬場さんが、6センチ程の木の棒のような物を見付けた。

「それがマタタビですか」

 しげしげと、僕と直はそれを眺めた。

 管理人さんは固い表情で、言う。

「それを花壇に撒いたと……?」

「それで苗が全滅したんですかね」

 住人が言い、別の住人は、

「猫の声も、これじゃない?マタタビで動けなくて、却って見つからなかったのよ」

と言う。

 それに馬場さんは、首を傾げた。

「ん?マタタビに酔った猫の声は独特で、この前からの声とは違うような……」

 管理人さんは笑った。

「誰がこんなイタズラをしたんだか。

 皆さん、お騒がせしました。すぐに、対策をしますので」

 安心したような顔の者も、おかしいんじゃないかという顔をした馬場さんのような者もいる。

 が、僕と直は、それに気付いた。

「念のために、全員下がって下さい」

「え?」

 馴染みのあるそれ――気配が強くなる。

 住人は訝しみながらも花壇から距離を置き、ひとかたまりになった。

「来ます」

 花壇の土が、下からぼこりと、持ち上げられた。


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