第448話 花壇(2)不毛花壇

 それから数日後、僕と直は、バッタリと馬場さんにあった。

「あ」

「こんにちは」

 馬場さんは大人しそうではあったがすっかり明るくなって、エプロンをしてにいた。

「こんにちは。ここに?」

「はい。取り敢えずバイトを始めました」

「そうですか」

 その後雑談を少しして、ふと、花壇の事を思い出した。

「そう言えば、入り口の花壇、何の花を植えたんですか」

 馬場さんは、ああ、と苦笑した。

「それが、あれ、不毛花壇って住民に呼ばれてるんですよ。パンジーの苗を植えたら翌日には全部枯れていて、ビオラの苗を植えてもやっぱり翌日には枯れていて。結局あのままなんですよ」

「へえ。一晩で苗が枯れるんですか」

「肥料が強すぎたとかかねえ?」

「除草剤でも入ってるとか?」

 首を捻りながら別れ、そのまま、気になって花壇を見に行った。


 直と、それを見た。

「うわあ。本当に枯れてるな」

 ハーブの苗が、枯れ果てて捨てられていた。

「何でだろうな。僕は植物には詳しくないからさっぱりだが……」

「ボクもわからないねえ。知ってる花の名前なんて、少しだもんねえ」

「……すずらんと桜はわかったが、直は竜胆ってわかるか?」

「いやあ、ちょっと……あ、あった」

 スマホをいじって直が声を上げ、2人で覗き込む。

 数種類あり、形も色も違っていたが、それが目に付く。青紫色の、凛とした花だった。

「これがそうか。これ、仏壇の花に時々入ってるよな」

「へえ、そうなんだねえ」

「うん。美里に合いそうな花だな」

「そうだねえ。

 あ。秋の花だって、怜」

「秋かあ」

 なぜか、がっかりだ。

「それより、この不毛花壇だな。花の怨念でも混ざってるのか?何か、ちょっと、感じないか?」

「植物に意識って――あ、サボテンにはあるらしいねえ」

「桜とか松とか梅とかもありそうだろ。だったら草花にもあったりして」

「……どうしよう、怜。小学校の時、朝顔をいい加減に水やりして枯らせたよ、ボク」

「僕も、じゃぶじゃぶ水をやって枯らせた事がある。それに、雑草からしたら殺人鬼だろ」

 僕と直は若干顔色を青くしながら、気のせいという事にして、そこから離れた。

 と、子供がビラを持っているのが見えた。

「お願いしまあす」

 受け取って、見る。

「猫?」

「この頃この辺の猫が、どんどん行方不明になってるの。うちのミイちゃんもとうとう帰って来なくなったの」

「その前は薬屋さんのクロで、その前はパン屋さんのチョコ。交通事故とかに遭ってなかったらいいけど……。

 お兄さん、見つけたら教えてね」

 子供は涙目で、そう言った。

「わかった」

「見つかるといいねえ」

 猫の写真のプリントされたビラを眺めながら、僕と直は、何とも言えない面倒臭い予感がしていた。


 バイトが終わった馬場は、心地よい疲労感と達成感を感じながら、マンションに帰って来た。

 と、花壇のそばに差し掛かった時、どこかで猫の声がした。

 なあああおおおぉぉぉ……。

 シロリンよりも、低くて太い声だ。

「どこだろう?」

 少し探してみたが、姿は見えない。

 馬場は諦めて花壇のそばを離れ、エントランスに入った。




 

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