第441話 心霊特番・沖縄(3)崖の上にて

 本格的な春休みには少々早く、まだ観光客の姿も少ない。

 象の鼻のような特徴的な形の崖、万座毛で、最後の沖縄ロケを行う。

「とんでもないアクシデントに見舞われた大山貝塚でしたが、気を取り直して、万座毛です」

 高田さんが言うと、ミトングローブ左手右手が即、

「有名ですよね、パンフレットでも必ず写真が載るくらいの」

「新婚旅行、卒業旅行、離婚旅行」

「離婚で旅行しても修羅場だろ」

と言い、えりなさんが、

「修学旅行で、高校の時来たわ」

と付け加える。

「美里様は、確かひめゆりを描いた映画でここに」

 高田さんが言うのに、

「ええ。デビューして初めての映画ね。観光はできなかったけど、ここにも来たわ」

と美里が答える。

 放送では、ここで少し、映画のシーンが挟まるらしい。

「今はこんなに綺麗な観光スポットですが、男のうめき声や、防空頭巾を被った人の行列が出たり、金縛りにあう事があるそうです。

 ここで何か――ちょいちょいちょい。ガン見してるぞ」

 高田さんが言って、皆がこっちを見るが、そう。僕と直は、それを見ていた。

 ポロシャツの大学生くらいの青年の幽霊が、崖に背を向けて立っていたと思ったら、撮影スタッフに興味を示すように近くへ行って覗き込み、次に高田さん達の前でポーズを取ったかと思うと、甲田プロデューサーの真ん前で手を振っているのだ。

「直。あれは映りたがりの霊かな」

「だろうねえ。どうしよう。映ったら気が済むかねえ」

 相談するのを聞いて、皆の顔が引き締まる。

「どうしますか?」

「え。あ……うん、見えるようにして」

 甲田プロデューサーが言うと、えりなさんとミトングローブ左手右手がおろおろと動き回り、美里は素早く僕と直のそばに来、高田さんが、

「慣れた。もう慣れた」

と繰り返す。

「じゃあ、行くねえ」

 直が札を切った。

 皆の前に、彼が現れた。

「あ、どうも」

 ペコリと頭を下げる。

 見た目はあまり怖くない。ずぶ濡れで、今は見えない後頭部が陥没しているのを除けば。

「大学生さんかな」

 高田さんが訊く。

「はい。卒業前に、仲間と自主製作の映画を撮っていて、ここから落ちたんですよね、俺。あ、30年前です」

「サスペンスでしょ」

 えりなさんが嬉しそうに言う。

「勿論。ここで追い詰めて逮捕するのでおしまいだったのに、撮影が中止してしまったみたいで……。もうそれが心残りで心残りで」

 ガックリする彼に、甲田プロデューサーや高田さんなどの昭和生まれ組が頷く。

「昔は2時間サスペンスが流行ってたもんなあ」

「でしょう、でしょう」

「今みたいに時々じゃなく、毎週。土曜ワイド劇場、火曜サスペンス劇場、水曜ミステリー。各局やってたから、毎日どこかのチャンネルで放送してたもんなあ」

「え、毎週?撮影が大変じゃないの?脚本にしてもなんにしても」

 美里が思わず言うが、聞いてない。

「子供の頃から見てたわあ。土曜ワイド劇場の方がドロドロっぽいというかお色気シーンが多めというか」

「そうそう。懐かしいなあ」

「その頃から、サスペンスは崖の上だったんですね」

 えりなさんが呟く。

 昭和組と平成組とのジェネレーションギャップが生まれた瞬間だった。

「俺、初ドラマは火サスだったんだよな。ADで」

「そうなんですか、甲田さん。ぼく、売れない頃、よく土曜ワイドや火サスで、死体役とか目撃者役とかしてましたよ」

「そうだったよな、高田さん。覚えてるよ」

「……盛り上がってるわね、昭和組。どうするのよ」

 美里がコソッと言って来る。

「……面倒臭い予感がするのは僕だけか?」

「ボクもするねえ」

 僕と直が言った時、甲田プロデューサーが宣言した。

「よし、こうしよう。その最後のシーンを撮って、君を成仏させよう」

「面倒臭い予感、的中ね」

 美里が肩を竦めた。


 崖の上で、犯人役の霊が海をバックに立っている。

「来るな!!」

 向かい合って説得するのは、探偵役の高田さん、恋人役のえりなさん、犯人の友人役のミトングローブ左手右手だ。

「ばかなまねはやめろ」

「お願い、やめて!」

「近寄ったら、ここから飛び降りる!」

「しょ、証言するから。あいつが先に酷い事をしたって」

「だからって、俺が殺したことに変わりはない。復讐したんだ、俺は!」

「待ってくれ!君の事情は必ず皆で証言する。無罪とはならなくても、情状は――」

「もう、放っておいてくれ!!」

「いやあ!」

「この子を父親のいない子にしてもいいのか!?」

「!?ま、まさか……?」

「そうよ。だから、ね」

「うっ、うわああああ……!」

 それを、撮影するスタッフ、見物している僕、直、美里。

「陳腐ね」

「学生の自主映画だし」

「それも昔のねえ」

 コソッと言い合う先で、犯人は説得されて泣き崩れる。

 ここで、美里の出番だ。


     さあ眠りなさい 疲れ切った体を投げ出して

     青いその瞼を 唇でそっと塞ぎましょう

     ああできるのなら 生まれ変わり

     あなたの母になって 私の命さえ差し出して

     あなたを守りたいのです


 火曜サスペンス劇場主題歌のうちの一曲だ。美里が主題歌係になったのだ。

 カメラはここで引いていく。

 ああ。何て茶番だ。なのに、スタッフは一様に、妙にやる気をみなぎらせている。何故だ……。

 そうして無事に撮影が終了し、青年はにこやかにあの世に旅立って行った。

「2時間サスペンスかあ。美里、令和の女王でも狙ってみるか?」

「サスペンスねえ。やった事、実はないのよねえ」

「お、美里様サスペンスに興味が?」

 目を輝かせる甲田プロデューサーに、美里がちょっと慌てる。

「無くはないけど、科捜研も検事も解剖医も家政婦ももうあるし……」

「大丈夫。舞子、ニュースキャスター、作家、まっだまだネタはあるから」

 高田さんも目をキラキラさせて迫って来る。

「どれだけ2時間サスペンスやりたいのよ、あなた達」

「心霊特番特別スペシャルドラマか」

「お、いいねえ、高田さん」

「はいはいはい!刑事やりたい!」

「私探偵助手!」

 ミトングローブ左手右手とえりなも加わった大変な盛り上がりに、僕と直は、笑い出した。

「ちょっと!怜、直、他人事と思って。

 霊能師トリオの事件簿なんてどう?本人登場のドSトリオ」

「え、本人?まさか」

「ボク達じゃないよねえ」

 やっぱり、面倒臭い事になった。




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