第440話 心霊特番・沖縄(2)異界に続く穴

 2月とはいえ、本州の2月より格段に温かい風。広い空。寄せる透き通った波。白い砂浜。

 そんな、レジャーで来ていたなら最高の風景から目を逸らした。

 番組に霊能師として同行していた霊能師は、体を丸めるようにして寝ていた。

「霊的攻撃を受けたのと、胃潰瘍だそうです」

 甲田プロデューサーが神妙な顔で言った。

「夏の心霊特番、2人が抜けて別の霊能師の人に頼んだけど、視聴率が振るわなくてねえ。今回は『今からでもまだ間に合う!春休み応援企画』という事で、沖縄や遊園地を回る予定なんだけど、彼もプレッシャーを受けたみたいで」

 ダウンしている霊能師は去年試験に合格した者で、モデルのようなスタイルと甘いマスクをしており、能力は並みだと聞いている。

「どうして彼を?協会としては、ベテランを推したと聞いたんだけどねえ」

「テレビ映えがしそうだったのが彼だったから」

「……それで決めたんですか?」

「だってねえ、ドSコンビの穴は大きいし、これで数字が取れないと、次は無いんだよ」

 甲田プロデューサーは切々と訴えて来た。

「霊能師は霊関係が仕事。視聴率は、スタッフと芸能人の仕事です」

「冷たいなあ。何で、就職しちゃうのかなあ」

 項垂れるプロデューサーは放って置いて、隣のユタに目を向ける。

 年配の女性で、今は大人しく寝ているが、泡を吹き、白目を剥いて、わけのわからない事を喚いていたそうだ。

「それで、その大山貝塚というのは?」

「ユタの修行場だったところで、聖域なんですがあまりにも恐ろしく、精神のおかしくなるユタも出て、現在はここで修行はしていないそうです。一番の心霊スポットとして有名な所になっています。

 ここに行くなら責任は持てないと止められたんですが、行きまして。それで、こうです」

 ADが言って、2人を見る。

「ほかの皆は無事だったんですね」

「はい。ホテルで待機してもらっています」

 直と、2人を視る。精神が半分抜けたような、今もどこかに引っ張られているような感じがする。

「現地に行くか」

「そうだねえ。この2人はどうしようかねえ」

「連れて行きたいけど、運べますか」

「車椅子を借りて来て運ぶのは?」

「それでいいですよ」

 ADはすぐに、手配に移った。


 大山貝塚は住宅街の中にあり、濃い木々に覆われた静謐なスポットだった。沖縄のウタキと呼ばれるところなども住宅地の中にあって、沖縄ではユタというものが生活に根付いて来たんだという事が窺える。

 病院に行って問診票を書く時、『親類からユタが出ましたか』という項目が今でもあるそうだ。

「やっぱりドSコンビがいないとな」

「帰ったらあの霊能師、お仕置き?」

 ミトングローブ左手右手が、嬉しそうに訊く。人気お笑い芸人で、この心霊特番の賑やかし要員だ。

「お仕置きなんてしませんよ」

「皆、ボク達を何だと思ってるのかねえ」

「でも、これで安心ね!余計怖いかも知れないけど」

 えりなさんがにこにこする。グラビアアイドルで、怖がってキャーキャーと騒ぐ係だ。

「大丈夫なんでしょうね。これで、ダウンする人間が増えるだけなんて事にならないでしょうね」

 霜月美里しもつきみさと、若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。この番組では、クールキャラという位置だ。

「そうだよ。大丈夫?4月から就職も決まってるのに」

 まともな心配をしてくれるのは、高田コージさん。このメンバーのまとめ役で、苦労人だ。

「ありがとうございます。視てみないと言えませんけど、まあ、感触としては大丈夫かな、と思います」

「まあ、やってみようかねえ」

 住宅地の中とは思えないような雰囲気で、辺りも静かだ。

 木々の間を通っていくと小さな石作りの家のような祠があり、その地下に開いた穴が、昔ユタの修行場だった所らしい。ここの穴は異界に通じていると言われているそうだ。

 そこから、霊体の女が睨みつけていた。遊び半分で来た人間に怒っているのか、ユタという運命にならなかった者を羨んでいるのか。

 ユタは、なろうとしてなるものではないそうだ。そういう運命で、なるべくしてなるらしい。だから中には、他の何かになりたかったユタもいただろう。

 車椅子に固定して連れて来た2人をそこに置き、探る。

 意識が、穴とつながっていた。

「中に入るのは危険らしいよ」

「そうだなあ。ここから……」

 意識を辿ってみる。

「ああ。異界か。成程なあ。これまでのユタの意識がたくさんいるぞ」

 底も広さも知れない闇の中で、こちらに向けられた目と、掴みかかろうと待ち受けるかのような手だけは、無数に感じられた。ほんの入り口を覗いただけで、これだ。ここに入って修行するのは、想像以上に大変な事だというのが察せられる。

 その穴の中に引きずり込まれたような感じで、こちらに何とか踏みとどまった状態だった。急いだ方がいいだろう。

 2人の意識は寄り添うように引き込まれているので、それに沿って潜って行き、戻るようにと引っ張る。

 そうはさせじと掴んで来る手、暗くて方向のわからない闇。それに迷ったに違いない。浄力を放っては戻り、また放っては戻る。

 そうしていると、ようやく、穴の外の光が見えた。

 体に戻る。2人の意識も、各々帰って行く。

「うあああ……!」

 ユタが、声を上げ、涙を流し始めた。

「痛っ、たたたた……!」

 霊能師は胃を押さえて体を折る。

「ああ。大丈夫だねえ」

 直がほうっと息をつき、それでスタッフや他の皆も肩の力を抜いた。

「一言謝ってから、ここを出ましょう」

「そうだな、うん。申し訳ありませんでした」

 甲田プロデューサーが言って、ADが花や水、お供え物を祠に並べると、皆で合掌し、素早く外に出た。

 そこで、霊能師は息をついた。

「はああ。ありがとうござ――痛い痛い痛い」

「胃潰瘍だって聞いたけどねえ。病院行こうか」

「はい。ストレスで、胃が」

 車椅子の上で体を折って、呻いている。

 僕は、ユタに頭を下げた。

「うちの後輩が、御迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした」

 ユタは車椅子の上で頭を下げた。

「とんでもない。こちらこそ力及ばず。助けていただけなかったら、廃人になっていたでしょう。そのくらいここは危険で。

 あなたは、かみんぐぁ……?いや……」

 甲田プロデューサーが割り込んで、

「申し訳ありませんでした」

と頭を深々と下げた。

 そして、ユタを家に送り、霊能師は病院に入院させ、僕と直がピンチヒッターとしてロケに同行する事になったのである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る