第432話 チューニング(4)美女付き月々1万円

 ザ・ザザザザ・・ザ・おま・・・

 安岡は、ラジオが気になって、チューニングに取り組んでいた。

「おかしいなあ」

 ザザザ・・

 どこかで、何か音がし、声がする。しかしそれよりも、ラジオに混じる声の方が気になっていた。

 ざざ・ざ・ざざざざ・・・おま・も・ねえ

 自分でも何かおかしいと思うが、やめられないのだ。

 ざざざ・・ざ・おまえ・ね・・・

「はあ。だめか。もう少しなのにな」

 溜め息をついて電源を落とし、振り返って凍り付いた。

 シーリングファンの下に、誰か知らない女が立っている。

 いや、そうじゃない。シーリングファンから、知らない女が首を吊ってぶら下がっているのだ。

「う、うわ――!」

 腰を抜かして、後ずさるように下がると、ラジオに当たって止まった。

 女が顔を上げ、安岡を見た。

「ヒイッ!!」

 そしてラジオが、音を出す。


「お前も死ね」


 声も出ない。振り返ってラジオを見たが、電源は落ちている。

「何で!?」

 思い出して、慌てて前を見ると、首にロープを巻いた女はすぐ目の前にいて、ただの黒い穴となった目で瞬きもせずに安岡を見つめ、ゆっくりと両手を安岡の首に掛けた。

 ああ、この感触だ。そう安岡は思った。毎晩首が苦しくなる感じと、そっくりだった。

 こいつだったのか。

 そう思った時、不意に気道に空気が流れ込んで、むせ返った。

「ごほっ、げほっ、げほっ」

「安岡君!!」

 涙を流しながら見ると、背中をさすってくれる楓太郎が見えた。

「え、な、げほっ」

「無理しないで、もう大丈夫だから」

 楓太郎の肩越しに見やると、見覚えのある数人がいた。あれは確か、

「水無瀬、と、ドS霊能師」

「誰がだ、こら」

 ドS霊能師――怜と直がこちらを見た。

「危ないところだったねえ。あと1分遅かったら、死んでたねえ」

「女は祓った。ここで何かあったとか聞いてないのか」

 怜が訊くのに、やっと頭が回り始めた安岡が答える。

「いえ、特には。特別だって」

「でも、家賃があり得ないよねえ。それに、契約前に、近所で調べてみないとねえ」

「ああ……そうですよね……」

 安岡はガックリと肩を落とし、

「そうかあ。だからこの部屋だけ安かったのかあ」

と呟いた。

 後で聞くと、昔、ここに住んでいた住人の恋人が、ここで捨てられた当てつけに自殺したそうだ。シーリングファンにロープを引っかけて、首を吊って。

 その後すぐに住人の男性は退去し、次の入居者は何も起こらず、そして、次に入ったのが安岡だった。

 ラジオのチューニングは霊とのチューニングに似ているともいわれるが、首を吊る足場にしたアンティークのラジオをチューニングしようとし、できかかっていた安岡だから、女も現れたという事だ。


 それから安岡は、元の明るく元気な様子に戻った。

 楓太郎が、引っ越したのかと訊くと、

「とんでもない!霊能師が祓ってくれて、何も無いと確実な部屋だぞ?それが1万円。出てたまるかよ」

「……逞しいなあ」

 楓太郎は感心して、笑ってしまった。

「ちゃんとお礼しないとなあ。正月に帰省したら、うちの酒、持って来るよ。お前と先輩の分」

「あ、そうか。安岡君の実家、造り酒屋だったね。でも、ぼくまで悪いよ」

「お前が連れて来てくれたからだろ。サンキューな。

 まあ、飲んでくれって。自慢のやつ、持って来るから」

 安岡はニカッと笑った。

「うん、ありがとう!」

 楓太郎も笑い返し、安岡は肩を竦めた。

「ああ。1ヵ月1万円美女付きかあ。確かに『特別』な物件だったわ」

 そして、

「ああ、くそ。もう1回鍋し直そうぜ」

と言い出した。

「今度は、男ばっかりでな」

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