第411話 黒の陰陽師(1)闇に葬られたS計画

 昼間の熱い空気が残って、夜になってもまだ暑い。

 だがその日、不意に空気が冷たく冷えた。鳴いていた虫がピタリと静まり返る。

 そこへ、禍々しい何かが近付いて来た。人の形をしているが、闇より暗い真っ黒で、融合した別の何かが時折はみ出し、地面を踏みしめる足も覚束ない。

 それが、辺りの小さな雑霊を取り込んで、力を増す。

 やがてそれは立ち止まり、今日はここまで、と言わんばかりにすうっと消えたのだった。


 僕と直は、その地区を担当する協会支部の霊能師と一緒に、そこを見ていた。

「見事なものですね」

 御崎みさき れん、大学4年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「封印が緩んでいたんですかねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「いや、まだ大丈夫だと思っていたんですが、徐々に穢れを取り込んでいたのと、ゲリラ豪雨がここを直撃したのが原因で一気に……」

 霊能師は言って、嘆息した。

 戦時中の秘密の作戦の準備中に亡くなった陰陽師を封印した場所が、土砂崩れによって崩れ、封じられていた中味が出て行ってしまったのだ。

 協会から知らせを受けてすぐに現地へ飛んだ僕と直だが、幸いな事に人や市街地には大きな被害はなく、ここも見た目には「何かを祀っていた祠が壊れた」という程度だ。しかし、見た目に反し、被害は甚大と言わざるを得ない。

 僕は、道中目を通した資料を思い出した。

 戦時中、敵に有効な攻撃を与える為に色々な兵器を開発した。兵器と呼ぶのも悲しい、人を組み込んだ特攻兵器もあった。

 その中に、ある、埋もれて知られていない計画があった。S計画。力を持つ式神を敵にぶつけて敵を殲滅しようというものだ。

 この計画の難点は、そんな都合のいい式神がそうそういないという事。それと、それを使役できるほどの術者がいるのかどうかという事。そして、いたとしても、「部隊運用」できるほどには数が揃いそうにないという事。

 しかし、チャレンジを一応はしてみなければならないし、したくなるのが研究者だ。

 かの大陰陽師安倍晴明の血筋はその後も続いてはいたが、晴明の再来と呼べる陰陽師が出たのは晴明亡き後1人限りで、宗家争いの中、消えた血筋も多い。唯一、安倍家の宗家争いの片方である土御門つちみかど家の嫡男、昌成まさなりにそれなりの力が見られ、彼が術者と決まった。

 後は式神である。

 これは、作る事としたらしい。死刑となる凶悪犯罪者を複数使い、一門総出で悪鬼王という名の悪鬼を作ったとあるが、詳しい事は書いていない。これを昌成が従える、という予定だったようだ。

 予想以上に悪鬼王の方が強かったのか、昌成の方が力不足だったのか。悪鬼王は昌成を喰らい、乗っ取り、暴れまわろうとしたのを、一門でどうにか封印したのが精一杯だったとある。

 そしてS計画は頓挫。最初から無かった事と、戦時下の闇に葬られたという事だ。

「封印のせいで、雑霊を取り込んでは休み、を繰り返さないと活動できないのが救いですね」

「自由を取り戻す前に、何とかしたいねえ」

「今、行方を全力で探しています。わかり次第、お知らせしますので」

「はい。よろしくお願いします」

 僕と直は、早く見つかる事を願った。


 


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