第410話 妖刀(4)血に飢えた妖刀

 振り下ろされた刃の下に滑り込んで刀で受け止めた一瞬後、背後で悲鳴が上がった。

 報道陣とサギグループは、直と警官によって、素早く距離を開けさせられる。

「邪魔をするな!」

 青年――鯉元則之こいもとのりゆきが叫んで怒りを露わにする。

「それはできない。日本は法治国家だ。犯人は裁判で裁き、法律に従って罪を罰しなければいけない。私的な報復は、させるわけにはいかない」

「こいつらは!サギを働いて、被害者を自殺に追い込んでおいても、殺人にはならない。のうのうと刑務所で生きて、また出て来るんだぞ。そんなのおかしいだろ」

 鯉元は血を吐くように叫び、それに呼応するかのように、背中の陰が濃くなる。

「落ち着け」

「法律は、弱者を守ってはくれない。そんな法律、変えてやる。そんな国、変えてやる!」

 黒い影が一気に濃度を増し、一般人にも見える程度になったようだ。悲鳴が上がった。

「変えたいなら、力で変えるな」

「きれいごとはいらない!」

「鯉元さん。あなたの気持ちはわかる。気持ちだけはね。

 でも、村正。お前はただ、彼に憑りついて人を殺させたいだけじゃないか。お前は、ここで祓う」

 鯉元さんがフッと無表情になり、殺気が凝った。

 膝を曲げて後ろに飛ぶのがあと0・2秒遅かったら、突きを喰らっていただろう。

 着地からそのまま体を低くして、刀を潜るようにして接近し、斬り上げる。

 わずかに鯉元さんの肩を斬り、そこから浄力が流れ込む。

「あ……」

 バタンと無防備に鯉元さんは俯せに倒れ、後には、村正を構える黒い人型が残る。

「これまで斬って来た者の、念が凝ったか」

 佐々木師匠が呟く。

 念は嗤い、村正を振り上げながら踏みこんで来る。それを小さな動きで弾いて水平に薙ぐ。が、逃げられた。

「佐々木に、河上に、桂か。そこに我流も入るか」

 長年一緒にいて、動きが知られているらしい。

「だったらどうだ」

 と言う途中で、いきなり踏み込みつつ突く。後ろに下がって逃げるのを、もう一歩踏み込んで突く。それを体を捻ってかわすのを、また踏み込んで突く。

 胸に入った。

「がっ!?」

 突いた刀をそのまま横に薙いだ。

 念は、そこからほどけるようにして崩れていく。他の誰かに憑いて避難しようにも、直の札がこの周りを囲んでいるので逃げ場がない。

「貴、様……!」

「師匠はもう一人いる。沖田総司だ」

 それを聞いてから、残っていた念も急速にバラバラとほどけて消えて行く。

 そして最後に残ったモノが、村正に取り残され、床に落ちる。

「復活されちゃ、敵わないからな」

 浄力を浴びせ、村正を祓った。

 振り返ると、警官に引き離された鯉元さんが意識を取り戻したところだった。

 最初はキョトンとしていたが、犯人グループを見て、思い出したらしい。

「お前らが!!」

 飛び掛かろうとするのを、警官が止める。

 犯人グループは体をビクッとさせたが、大丈夫とわかると、薄ら笑いを浮かべる者までいた。

「お前らのした事はどういう事か、よく考えろ。被害者を自殺に追い込んだ事は法律で裁かれなくとも、お前の心がいつかお前を裁くだろう。

 そしていつか、さっきの成仏すらできないで地獄の苦しみを背負ってこの世をさまよい続ける霊体のようになるかも知れんな」

 僕はそう言ったが、犯人グループのメンバー達は、それで不安そうな顔をするものもいれば、ニヤニヤとする者もいる。

 彼らは、警官によって、護送されていった。

「鯉元さん。気分が悪いとか、頭が痛いとかないですか」

 鯉元さんは、怒りに震えて犯人グループを見送っていたが、力なく肩を落とした。

「いえ……」

「悔しいとは思いますが、それであなたが殺人犯になるのもバカげていますよ」

「そうですよぉ。本当の罰は、刑に服する事じゃなく、己のした事に後悔する事ですからねえ」

 鯉元さんは泣きながら、警官に支えられて立ち上がると、取り調べのために歩いて行った。

「さあて、帰って報告書だな」

「それから、刀の返却だねえ」

 僕と直も、師匠と一緒に歩き出した。


 師匠はこれで一応気が済んだらしい。自分の技を継承させる事と、あの村正をどうにかする事。それが、長年の課題だったそうだ。

「皆伝とするが、鍛錬を欠かさぬように」

「成仏して、この世に出直すとするか」

「充実した日々を送れた。礼を言う」

 そう言う3人の師匠に、こちらも丁寧に頭を下げる。

「いえ。お礼を言うのはこちらの方です。本当にありがとうございました」

「あの世で沖田さんに会ったら、よろしくお伝えくださいねえ」

「おう!」

 そうして、笑って成仏して行った。

「逝ったなあ」

「逝ったねえ」

「何て言うか、師匠には恵まれてるなあ、我ながら」

 直と笑い合う。

「大変だけどねえ」

「でも、小太刀の技は警棒に応用が効きそうだし、直もやったらいいぞ。一緒にやろう」

「そうだねえ。体力作りはしようって言ってたし、それもやるかねえ」

 やる気になっていると、電話がかかって来た。

「あ、協会からだ。何だろ」

『急だが、出張できるか。町田と2人で』

「はい。どこに、どの程度ですか」

『場所は現在調査中で確定していないが、陰陽師の霊が打倒安倍晴明を叫んで飛び出して行った』

 僕と直は、愕然として言った。

「本当に来たーっ!?」

「な、何か、ボク達のせいかねえ?」

「まさかぁ。でも、ああ、もの凄く面倒臭いな、たぶん」

『もしもーし?』

 僕と直は、揃って嘆息した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る