第407話 妖刀(1)差し押さえられた刀

 うなぎの押し寿司、イカときゅうりとマグロの手綱寿司、稲荷寿司。だし巻き卵、切り干し、そうめんとネギとわかめの味噌汁。

 押し寿司は簡単だ。ラップの上に具を裏返しに置いて、その上に酢飯を軽く握って置いて、ラップで包んで巻きすでキュッとしめて四角いブロック状にするだけだ。後は、少し寝かせてから、ラップごと具を上にして切り分けるだけだ。

 この時、細切りの具を斜めに置いていったものが手綱寿司で、一切れに3色共入るように、細めの具を45度くらいの角度で並べていくのがコツだ。だから、イカならイカそうめん、きゅうりはピーラーで薄くしたものを縦に切って幅を細くしたもの、マグロも細く、エビなら半身がいい。

「美味そうだな」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「うわあ、きれい。成程。馬の手綱に見せているわけね」

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

「そうそう。具はそれこそ、切れっ端でいいからな。見栄えの割に経済的」

 僕は言って、グラスを取った。

 御崎みさき れん、大学4年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「では、内々定に、乾杯!」

「おめでとう!」

「ありがとう!」

 兄の音頭で乾杯をし、まずはノンアルコールビールに口を付ける。

 僕も直も無事警察庁から内々定を貰い、ホッとしたところだ。

「ああ、うう」

 甥のけいも機嫌よく手足をパタパタさせている。

「敬ももう少しして食べられるようになったらな。そうだなあ。子供だし、きゅうりと錦糸卵とエビとかがいいかなあ」

 考えていると、

「良かったな、敬」

と兄が敬を覗き込んで言い、敬は上機嫌で

「ああー」

と笑っている。

「よそは離乳食とかで悩んでるらしいけど、うちは、妊娠中からお任せでバッチリだったもんねえ。

 あ。でもあと1年で、怜君も社会人だし、研修とかもあるし、今のままじゃあまずいのね」

 気付いた冴子姉がハッとしたような顔をし、次いで、絶望的な顔になる。冴子姉の妊娠以来、忙しい事もあって食事はずっと僕が作って来たのだ。

「大丈夫。レパートリーも増えてたし、1回目はレシピに従って作れば失敗しないから」

「そう?そうかしらねえ。まあ、頑張ってみるわ。来年から」

 言いながら和やかに食事をする。

「休ませてもらってたけど、内々定取ったって言ったら、協会から早速仕事が回って来たよ。国税庁が差し押さえたものの中に変なものがあるらしいんだって」

「差し押さえか」

「怨念とかこもってそうだわ」

「気を付けろよ」

「うん」


 翌日、僕と直は、その倉庫へ行った。

「資産隠しかあ。都合の悪い本を隠すのとはわけが違うからねえ」

 直が言った。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「テレビとか小説では、凄い攻防があるよな。家を改造したりまでして」

「執念は凄いねえ」

 話していると、案内してくれていた職員は、

「絶対に見つけますよ」

と明るく笑った。

 やがて、そこに着く。

 明らかに、おかしな気配がする。それも複数。

「もう一度確認します。誰もいないのに、叫び声がしたり、物音がしたり、差し押さえた刀を持ったら振り回したくなる――ですよね」

「はい」

「わかりました。では」

 僕と直は、ドアを開けて中を視た。


 侍が2人、脇差でチャンバラをしていた。

「とう!」

「おりゃっ!」

 その横に日本刀を手にして素振りをする侍がいたが、「ん?」という風にこちらを見た。


 ソッとドアを閉める。

「あのぅ?」

 職員が怪訝な顔をするが、僕と直は、まず確認しあった。

「そう、悪い感じじゃないよな」

「暇を持て余してる感じかねえ」

「また、人斬りが出るわけじゃないよな」

「……祈ろうかねえ」

 意を決して、ドアを開ける。

 さっき見た彼らは、並んで、興味津々という顔でこちらを見ていた。

「いつも、ああやって騒いでいるんですか」

「見えておるようだぞ!」

「鍛錬だ。侍たるもの、常在戦場でなくてはな」

「決して暇なわけではないぞ」

「これは、暇なんだねえ」

「叫び声がしたり物音がしたりするって、皆怖がってます。今の世は刀振り回してたら銃刀法違反で捕まるような世の中ですしね。もう、そろそろ逝きますか」

「何と!」

「表に出されず暗い所にジッと仕舞われ続けた間に、そのような時代に……」

「あ。あの男、まずいのではないか?フラッと来た男だ。持ち主の息子とかいう」

「あいつか。村正に魅入られて、持ち出して行きおったな」

 僕と直は愕然とした。

「は!?」

「村正、血を見るまでは収まらんぞ」

 僕と直は顔を見合わせ、思わずぼやいた。

「何でそんな面倒臭い刀を持ってたんだよ、この人」




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