第402話 武者と若(3)武者の恩返し

 加藤君と田中君は、公園で待っていた。

「どっちかなあ」

「どっちでもいいや。金なら金でいいし、ソフトならソフトで、また万引きして来いって言えるし」

「あ、来た――え?」

 彼らは目をこすった。

 物部君が公園に入って来たのだが、どういうわけか、兜をかぶっているのだ。

「……プロテクターのつもりかな」

「反撃する気か?面白い。どっちが強いかわからせてやる」

 彼らの前で、物部君が足を止めた。

「おい、持って来ただろうな」

 そう問いかけられた物部君の背後に、ゆらりと影が現れて、ハッキリと像を結び出す。

「落ち武者!?」

「若君を害する敵は貴様らか」

「ひええっ!」

 加藤君と田中君は腰を抜かして座り込み、後ずさろうと手足を動かす。

 ズシャッという甲冑の重い音が、恐怖をあおる。

 這いずって逃げようとする2人の背後に、僕と直が立つ。

「た、た、助け――」

「弱肉強食の戦国の世のならいで生きているのだろう。ならば、我に討たれても文句は言えまい」

 武者が言いながら近付いて来る。

「ごごごめんなさい!」

「本気じゃなかったんだよ!万引きして来いとか、着替え隠したりとか、遊びで」

「遊び?じゃあ、遊ぼうか。何を隠してやろうかな。自転車?靴?服か?」

「か、帰れないよ!」

「それをしたんだよねえ、君達」

「自分がされる覚悟の無い事はするな。力で誰かを押さえつけるなら、自分ももっと強いヤツに押さえつけられて文句を言うな。それと、誰もが皆、言いたい事を声高に言えると思うなよ」

 2人はべそをかきはじめた。

 武者は僕と直をチラッと見て、微かに顎を引いた。

 僕と直は、ソッと親指を立てる。

「ならば拙者はこれで――」

 帰ろうとする武者の言葉に、物部君が冷たい声でかぶせる。

「何言ってんの。ぼくがどれだけ苦しかったかわかる?制服隠されて体操服のまま授業受けたり、裸足で家まで帰らなくちゃいけなかったり、ジュースやお菓子を毎日奢らされてお小遣いも貯金も無くなったり、お弁当を捨てられてお母さんに申し訳なくって顔を見れなかったり。

 ねえ、わかってるの?」

 2人はあからさまに引き攣った顔で、物部君を見上げていた。

「許せるわけないよねえ」

「おい、そのくらいにしておけ」

 止めに入るが、聞こえているか。

「遊びだろ?今度は立場を変えようよ」

「ひっ、す、すまん。もうしない!」

「ものの――」

「ねえ。その頭、隠そうかな」

 禍々しさを隠しもしない笑顔で、両手が2人の頭部に伸びる。

 その手を掴んで、焦った顔の武者を引き剥がし、物部君に浄力を当てる。

 物部君の気持ちに集まった昏い気が浄化されて散って行った。

「あれ?」

「そのくらい、悔しかったんだな」

「あ……」

「これからは、ため込む前に発散したほうがいいねえ」

 加藤君と田中君は、ホッとしながらもしょぼくれた顔をしている。

 この2人も、とことんまで陰湿な子ではないようだ。

「もっと早く、人に頼れ。例えば、武者とか」

 加藤君と田中君は、ビクッと背筋を伸ばした。

「仲良くできるよねえ」

「見張りに武者を付けて置くか」

「やめて下さい!お願いします!」

「そうだな。これで報復とかしたら、さっきの会話の録音データを警察に提出する。補導は間違いないだろうな」

「……しませんよ」

 ブスッとして、加藤君か田中君のどちらかが言う。

「小学校の時までは遊んでたのに、急に、クラブのやつらとばっかり……」

「何だ。焼き餅か。あのな、言わないと分からないんだぞ。遊びたいならそう言え。お前も嫌ならそう言え」

 3人はコックリと頷いて、

「はい」

と返事した。

 剥がした武者を兜に付け直し、ジュースを3本奢ってやって、

「いいか。飲んだらもう遅いから帰れよ」

と言い置いて帰る。

「やれやれ」

「この兜、墓場に置いておくのかねえ?」

「まあ、供えておこう。

 上手い事行って良かったけど、これに味をしめないで下さいよ」

 兜から、

「分かり申した。拙者も驚いたでござる」

と返事がした。

「まあ、無事に済んで良かったねえ」

「全くだ。あの子が依りつかせた時は面倒臭い事になったと思ったがな」

「帰って勉強だねえ」

「はああ。これだけ苦労して、落ちるわけには行かないからな」

「この恩を返す為、拙者、墓場の皆と応援に――」

「来なくていいです。お気持ちだけいただいておきます」

「そうであるか?」

 内心で思った。ああ、面倒臭い!



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