第401話 武者と若(2)シンパシー
直は、話を聞いて、半笑いになった。
「へ、へえ。落ち武者って、合戦がトラウマになってないんだねえ」
「確かに。やる気満々だったな」
直は想像したのか、噴き出した。
「まあ、それはともかく、その武者ならあれかも知れないな。
兜を小脇に抱えた落ち武者の霊が、深夜『若君はいずこ』って言いながら徘徊してるらしいねえ」
「もう噂になってるのか」
「目撃者がいてねえ」
直は言って、
「ボクも手伝うよ。どうも、府中の方らしいよぉ」
というわけで、夜、目撃情報のあった辺りへ出かけた。
「ん?あれも、落ち武者見物かねえ?」
駅を出たところに自転車が数台止まっていて、中学生くらいの男の子が3人、そのそばに立っていた。
「早く行けよ」
「そ、そんなあ」
「できないんだったら代わりにその分の金を持って来い」
中の1人が、泣きそうな顔で本屋を見る。いじめらしい。
「いいな」
「公園で待ってるからな」
2人は自転車にまたがって、走って行く。
どうするのかと、そのまま見る。
と、その少年は、迷った末に本屋へ入って行った。
僕と直は顔を見合わせて嘆息すると、後に続いた。
少年はゲームソフトの棚の前で、あからさまに挙動不審な感じでウロウロしている。
「どうする、怜?」
「今止めても、いじめそのものを止めない限りなあ。
とは言え、万引きはさせられない」
店員がチラチラと注意して見始める先で、少年はソフトに腕を伸ばした。
「ふうん。そういうのが流行ってるのか」
ギクリと、少年の顔が強張る。
「なるほどなるほど。参考になったねえ。ありがとう」
「行こうか」
僕と直は、少年に流行りのソフトを訊いていたような顔で、少年を間に挟んで連れ出した。
そして、少し行ったところで、足を止める。
「お前なあ。強要されたとしても、だめなものはだめだろう」
僕達に補導されるとでも思っているのだろう。青い顔で、俯いている。
「さっきの子達に、いつもやらされてるのかねえ?」
「い、いえ。万引きしろって言われたのは、初めてです。いつもは、物を隠されたり、その、体育の時間に着替えを隠されたり」
「腹の立つやつらだなあ」
「お仕置きが必要だねえ」
ここへ来た目的は覚えているが、放って置けない。
「補導、ですか」
「まだやってないだろ。それに、僕達は警察官じゃない」
「通りすがりの霊能師だねえ」
少年は顔を上げ、
「あ。テレビで見た事ある」
と言った。
「そうか。別に、ドSじゃないからな」
「誤解だねえ」
少年は少しホッとしたのか、ふふっと笑った。
「さあて、どうしようかな」
「暇を持て余してる例の人達を呼ぶかねえ?」
「お、それで行くか。落ち武者狩りゴッコしようって」
「あ、あの?」
「幽霊に追っかけられてびびって泣いてる所を写真で撮ってやるか?もしかしたら、泣くだけでなくちびるかも知れないけどな」
「……この人達ドSだよ」
「何か言ったかねえ?」
「いえ、別に」
「そう言えば、名前を聞いておこうか」
「
「あいつらは?」
「田中と加藤です」
まずはそいつらの顔をしっかり見に行こうと公園へ近付く。
と、それが出た。
「あ」
「落ち武者だねえ」
兜を小脇に抱えた武者が、前から歩いて来る。
「呼ぶまでもなかったな」
「ナイスだねえ、落ち武者」
「お、お、お知り合いですか」
「まあ……探していた相手だな」
武者はこちらに気付くと、はたと足を止めた。そして、回れ右をしようとする。
「どこへ行く」
「せ、拙者、ちと急用が――」
「だめだよお。兜を見て若様を思い出したからって、若様はいないんだからねえ」
武者を左右から、僕と直で挟む。
「兜の補修が間に合っていれば、若は……」
肩を落とす武者に、
「もう、逝って楽になろうか」
と勧める。
「若……ああ、この兜があれば。兜が」
間違いなく自転車の安全ヘルメットに遠く及ばない強度だが、武者の目には、若様の頭を守れたはずの兜に見えるのだろう。
フッと武者の姿が消えると、兜が地面に落ちて転がった。
「あ、兜に憑依した」
「一種の引きこもりだねえ」
僕と直は、仕方ないなあと思いながら転がる兜を目で追っていたが、それを物部君が、足元に転がって来たので拾い上げる。
「この人は?」
「戦場で、主君の若君を亡くしたんだって聞いたな。頭に矢を受けたらしい。あの時兜の補修ができていれば、自分がもっと強ければって、そう言ってたな」
「もっと強く……わかる気がします」
「……おい?」
物部君と兜が、共鳴し始めた。
そして、物部君は、兜をかぶった。
「憑かれたな」
「そうだねえ」
ああ、頭が痛い。
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