第401話 武者と若(2)シンパシー

 直は、話を聞いて、半笑いになった。

「へ、へえ。落ち武者って、合戦がトラウマになってないんだねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「確かに。やる気満々だったな」

 直は想像したのか、噴き出した。

「まあ、それはともかく、その武者ならあれかも知れないな。

 兜を小脇に抱えた落ち武者の霊が、深夜『若君はいずこ』って言いながら徘徊してるらしいねえ」

「もう噂になってるのか」

「目撃者がいてねえ」

 直は言って、

「ボクも手伝うよ。どうも、府中の方らしいよぉ」

 というわけで、夜、目撃情報のあった辺りへ出かけた。

「ん?あれも、落ち武者見物かねえ?」

 駅を出たところに自転車が数台止まっていて、中学生くらいの男の子が3人、そのそばに立っていた。

「早く行けよ」

「そ、そんなあ」

「できないんだったら代わりにその分の金を持って来い」

 中の1人が、泣きそうな顔で本屋を見る。いじめらしい。

「いいな」

「公園で待ってるからな」

 2人は自転車にまたがって、走って行く。

 どうするのかと、そのまま見る。

 と、その少年は、迷った末に本屋へ入って行った。

 僕と直は顔を見合わせて嘆息すると、後に続いた。

 少年はゲームソフトの棚の前で、あからさまに挙動不審な感じでウロウロしている。

「どうする、怜?」

「今止めても、いじめそのものを止めない限りなあ。

 とは言え、万引きはさせられない」

 店員がチラチラと注意して見始める先で、少年はソフトに腕を伸ばした。

「ふうん。そういうのが流行ってるのか」

 ギクリと、少年の顔が強張る。

「なるほどなるほど。参考になったねえ。ありがとう」

「行こうか」

 僕と直は、少年に流行りのソフトを訊いていたような顔で、少年を間に挟んで連れ出した。

 そして、少し行ったところで、足を止める。

「お前なあ。強要されたとしても、だめなものはだめだろう」

 僕達に補導されるとでも思っているのだろう。青い顔で、俯いている。

「さっきの子達に、いつもやらされてるのかねえ?」

「い、いえ。万引きしろって言われたのは、初めてです。いつもは、物を隠されたり、その、体育の時間に着替えを隠されたり」

「腹の立つやつらだなあ」

「お仕置きが必要だねえ」

 ここへ来た目的は覚えているが、放って置けない。

「補導、ですか」

「まだやってないだろ。それに、僕達は警察官じゃない」

「通りすがりの霊能師だねえ」

 少年は顔を上げ、

「あ。テレビで見た事ある」

と言った。

「そうか。別に、ドSじゃないからな」

「誤解だねえ」

 少年は少しホッとしたのか、ふふっと笑った。

「さあて、どうしようかな」

「暇を持て余してる例の人達を呼ぶかねえ?」

「お、それで行くか。落ち武者狩りゴッコしようって」

「あ、あの?」

「幽霊に追っかけられてびびって泣いてる所を写真で撮ってやるか?もしかしたら、泣くだけでなくちびるかも知れないけどな」

「……この人達ドSだよ」

「何か言ったかねえ?」

「いえ、別に」

「そう言えば、名前を聞いておこうか」

物部忠司もののべただしです」

「あいつらは?」

「田中と加藤です」

 まずはそいつらの顔をしっかり見に行こうと公園へ近付く。

 と、それが出た。

「あ」

「落ち武者だねえ」

 兜を小脇に抱えた武者が、前から歩いて来る。

「呼ぶまでもなかったな」

「ナイスだねえ、落ち武者」

「お、お、お知り合いですか」

「まあ……探していた相手だな」

 武者はこちらに気付くと、はたと足を止めた。そして、回れ右をしようとする。

「どこへ行く」

「せ、拙者、ちと急用が――」

「だめだよお。兜を見て若様を思い出したからって、若様はいないんだからねえ」

 武者を左右から、僕と直で挟む。

「兜の補修が間に合っていれば、若は……」

 肩を落とす武者に、

「もう、逝って楽になろうか」

と勧める。

「若……ああ、この兜があれば。兜が」

 間違いなく自転車の安全ヘルメットに遠く及ばない強度だが、武者の目には、若様の頭を守れたはずの兜に見えるのだろう。

 フッと武者の姿が消えると、兜が地面に落ちて転がった。

「あ、兜に憑依した」

「一種の引きこもりだねえ」

 僕と直は、仕方ないなあと思いながら転がる兜を目で追っていたが、それを物部君が、足元に転がって来たので拾い上げる。

「この人は?」

「戦場で、主君の若君を亡くしたんだって聞いたな。頭に矢を受けたらしい。あの時兜の補修ができていれば、自分がもっと強ければって、そう言ってたな」

「もっと強く……わかる気がします」

「……おい?」

 物部君と兜が、共鳴し始めた。

 そして、物部君は、兜をかぶった。

「憑かれたな」

「そうだねえ」

 ああ、頭が痛い。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る