第400話 武者と若(1)兜

 思わぬ落とし物を発見したら大騒ぎになるのは、生者も死者も同じらしい。

 その夜、廃品回収車の荷台から転がり落ちたのは、兜だった。子供の日に飾る、兜だ。それがころころと転がって、入り込んだのが、墓地だった。

「やや!あれは!?」

「おお……!合戦でござるか!?」

 その時代からいる霊も、それより後からの霊も、取り敢えずは暇な霊達が、兜を取り囲んで騒ぎ出す。

 兜でその時代を思い出したり、暇つぶしにいい物を見付けたと喜んだり、中二病的なもので興奮したりした霊達が、合戦ゴッコを始めた。

 お供えの饅頭が飛び、花がグルグルと回り、火の玉がビュンビュンと飛び交う。

「コラーッ!!」

 その中に、僕は乱入した。

 御崎みさき れん、大学4年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 公務員試験の一次試験が終わり、次は司法試験だと机に向かっていたが、ちょっと息抜きに散歩に出たらこのありさまである。

「夜中に何を騒いでるんです?近所迷惑でしょう」

「だって、昼間はもっと騒げないじゃん」

 屁理屈を言う幽霊を睨むと、小さくなって謝った。

「全く。いい大人なんですから。一体何をしてたんですか。運動会ですか」

「合戦ゴッコをちょっと。兜が転がり落ちて来て、それを見たら、血が騒いで。ははは」

 落ち武者が笑って誤魔化す。

「兜?転がり落ちたって、落とし物ですか」

「廃品回収の車から、ポロッと、それが……あれ?どこに行った?」

 霊達がキョロキョロとする。

「どこかに消えたぞ」

「謎だ」

「消えた兜の秘密ぅ」

 僕も見回したが、見当たらない。

「ん?あやつもおらんぞ。ほれ。主君の若様が、戦場で頭に矢を受けて死んだという」

「ああ、あの。若様の兜を修理しようとしていた矢先だったとか」

「そう言えば、しげしげと兜を見て、涙ぐんでおったの」

「まさか、若様に届ける為に、若様を探しに行ったのか?」

 物凄く、面倒臭い予感がする。

 でも、放って置くと、まずいだろう。

「はああ。わかりました。探して来ます。もう大人しくしていてくださいよ」

「おう、任せろ」

 とても不安になりながら、僕は墓地を後にした。


 翌朝、その一件を兄に話した。

「暇なんだなあ、幽霊も」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「でも、落ち武者が合戦ゴッコって。迫力満点ねえ」

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

 そう言って、2人は朝食を食べていたが、

「正座して謝る落ち武者……」

と、想像して噴き出した。

 甥のけいも、機嫌よく笑っている。

「だから、大事にならないように、ちょっと探してみるよ」

「試験前だっていうのになあ」

「まあ、今更詰め込んでもね」

「うん。日頃からの勉強が一番だ」

「なるべく早く見つかるといいわね」

 そう言って僕達は食事を終え、急いで出かける支度をしたのだった。







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