第399話 誘い(4)見守り
霊の気配がして、ドアチャイムが鳴る。そしてそれはすうーっと諸星君のそばに来ると、
一緒に行きましょ。遅刻するわよ。
と言った。
「うわっ、七瀬!?」
諸星君がキョロキョロとし、智史、宗、楓太郎は、見えないながらも諸星君の周りに注目する。
直がすかさず可視化の札を使い、諸星君のそばに立つ女の子の霊が皆の目に見えるようになる。
「あ、七瀬!」
「おおう。かわいい彼女やな」
「お友達?」
「せ、先輩達だよ」
「初めまして。
「よろしく――ってわけにはいかないのは、わかっていますよね」
七瀬さんは小首を傾げて僕を見、それから困った顔の諸星君を見て、自分も困ったような笑顔を浮かべた。
「ああ……やっぱり。死んだ気がしたのに、朝になると誘いに来られるから、変だなあとは思ってたんですよ。気にせいじゃなくて、やっぱり死んだんですね、私」
「そうだねえ。残念だけどねえ」
七瀬さんは溜め息をついて、それから、にっこりと笑って諸星君を見た。
「そっか。でも、一緒に登校した気分になれて、良しとしますか!」
諸星君は、泣きそうな顔で七瀬を見ている。
「僕、七瀬の分も一生懸命、勉強して、遊んで、それで、たくさんの土産話をしてやるからな」
「うん」
そのまま消えかける七瀬さんに、声をかける。
「あ、ちょっと待って」
盗聴器を探すトランシーバーみたいな形の機械を出して、方々へ向けてみる。
と、ある方向から、ハウリング音が聞こえて来た。
「これだな」
誕生祝いに彼女からもらったという、コンセントにつなぐタイプのデジタルフォトフレームだ。机の上に置いてあった。
「これ、あなたが?」
七瀬さんは、気まずそうに眼をそらした。諸星君は、キョトンとしている。
「怜?それは、あれだよねえ?」
「感動的な空気のまま終わらせたくもあったんだけど……」
僕は、それをひっくり返した。はめ込むだけの裏蓋を外すと、小さな箱のような物が出て来た。
「ええっと、それは?」
諸星君が怪訝な顔をするのに、宗が即答した。
「盗聴器ですね」
「え」
楓太郎、智史、諸星君が、目を丸くした。
「テレビでしか見た事無いです」
楓太郎は言って、しげしげと眺めた。
「な、七瀬?」
「ええっと……ごめんねえ」
「……」
てへ!と笑う七瀬さんに、全員、絶句した。
「まあ、これの事を知った人が、これで諸星君の独り言とかを聞いて、朝、起こしてくれるんですよ。悪意からではなく、善意で。
そうですよね」
全員がギョッとする中、しばらくして、電話が鳴り出した。
諸星君が飛び上がり、目で訊いて来るので、出ろと頷く。
「……はい?」
『あの……』
「あ、及川のおばさん」
『その……』
「どうかしたんですか?」
『……ごめんなさい……』
「は?」
キョトンとする諸星君を、察したらしい皆が嘆息して見ていた。
「娘の仕掛けた盗聴器の受信機を見付けたおばさんは、親心的なアレで、明日の予定を聞いて、それに合わせて、遅刻しないようにモーニングコールをしていたんですよ」
その声が聞こえたらしく、
『その通りです。本当にごめんなさい』
と声が漏れて来る。
「ママ……」
呆れたような声を上げる七瀬さんだが、どっちもどっちな親子だな。
「まあ、あれだねえ。盗聴は違法だし、結果的に本人はそれで憔悴していってたけど、どっちも、見守ってたような気持ちだったんだねえ」
直が、取りなすように言った。
やれやれ。
結局、盗聴器は外し、七瀬さんは成仏し、僕達は家に帰るべくアパートを出た。
「娘と通うはずだった子が、我が子みたいに思えたんですかねえ」
楓太郎はしんみりと言う。
「代償行為とかいうやつですか」
宗が言うのに、智史は溜め息をついた。
「気持ちはわからんでもないけど、アカンがな。法律的にもやけど、オカン、娘の死から立ち直れんで、諸星君に依存していくようになるで」
「そうだねえ。早めにわかってよかったよねえ」
及川さんも諸星君も、七瀬さんを悼みながらも、前を向いて欲しいものだ。
「まあ、これで一件落着やな」
「後はとうとう試験ですね」
「応援してます」
「あ、思い出した。学生課の方から、学生から事故物件じゃないかっていう相談が来てるって、そう言って来てましたよ」
「無理だぁ。それ、協会に言ってもらって。試験終わるまで、本当に、無理」
「そう、言っておきましたよ!」
楓太郎がにこにこする。
「おお、サンキュ、楓太郎」
「その代わり、試験が終わったら色々頼むからって」
「面倒臭いな」
僕達は誰からともなく笑い出した。
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