第396話 誘い(1)新入生

 新入生が、ぞろぞろと歩いている。その顔は、大抵、喜びと期待に満ち溢れていた。

「僕達も、まあ、あんな感じだったよなあ」

 御崎みさき れん、大学4年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「そうだねえ。この時期がこんなにハードだとは、思っていなかったもんねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「お前らは公務員試験の上に司法試験やろ。無茶や」

 郷田智史ごうださとし。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。

「ちょっと失敗した。去年のうちに、司法試験は受けておくべきだった」

 僕が嘆息すると、直も、

「計画性が無かったよねえ」

と頷き、2人して反省する。

「これで霊能師の仕事が入って来たら、大変でしたね」

 水無瀬宗みなせそう。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。霊除けの札が無ければ撮った写真が悉く心霊写真になってしまうという変わった体質の持ち主だ。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しく面倒見のいい男だ。

「法学部ってただでさえ大変なのに。本当に、雰囲気が全然違いますよね」

 高槻楓太郎たかつきふうたろう。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。小柄で表情が豊かな、マメシバを連想させるようなタイプだ。

「お前らは、今から動けよ、就職に向けて」

 僕、直、智史の心からの警告に、宗と楓太郎はこくこくと神妙な顔で頷いた。

 僕達はいつものように部室でお弁当を食べようとして、途中で宗と楓太郎に会い、一緒に歩いているところだった。

 と、足が止まる。希望に溢れた新入生達の群れの中に、その気配を見付けてしまったのだ。

「……ああ、直」

「……困ったねえ、怜」

 それが何なのか、これまでの付き合いで智史達もわかっている。

「アカン、アカンでえ」

「怜先輩、直先輩。せめて、協会への相談を促すだけにしましょう」

「そうですよ。どの人か教えてくれたら、ぼくと宗で言いに行きますから。ね」

 気遣ってくれる友人、後輩に、涙がでそうになる。

「ありがとう。でもな」

「うん。放っておけないんだよねえ、気になって」

「ああ……この、お人好しが……」

 3人が同時に呻いた。

 そして僕達は、彼に近付いた。

 見るからに新入生といった雰囲気の男子で、並ぶ部室を眺めながら歩いている。その目の下にはうっすらとクマが浮き、残り香のような霊の気配がまとわりついていた。

「ちょっといいかな」

 これで、「勧誘かな」という顔を見せるのは新入生だ。居合わせた2年生から上は、

「あ、辻霊視よ」

「あいつ、憑いてるんだな」

と、興味津々の目を向けて来る。

「は?ついてる?何がラッキーなんですか?」

が違うわ。まあ、ある意味では見てもらえてラッキーだけど」

 新入生に、コソコソと教えている。

 そう言われてたのか。知らなかった。

 まあ、気を取り直して、その新入生に向かう。

「霊能師の御崎です」

「霊能師の町田です」

「ああ……」

 彼は、ホッとしたような顔をした。

「自覚があるんですね」

「はい。もう、毎日、毎日。どうしていいか……」

 彼は、溜め息をついた。







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