第397話 誘い(2)彼女

 その新入生を部室に誘って、お茶を出す。

「ありがとうございます。僕は諸星もろぼし すばる、文学部の一年生です」

 それで、僕達も順に自己紹介をして、この部の事を説明する。

「早速ですが、憑いてる自覚はあるみたいですね」

「はい。毎朝彼女が迎えに来るんです」

「リア充か?」

 智史が言うが、そんなわけがない。

「春休み中に事故で死んだ彼女なんです」

 智史は、何度か小さく頷いていた。

「一緒に受験して、幸いどっちも合格したから、これで一緒に行けるって喜んでたんですが、その帰り道に」

「それは、お気の毒でしたね」

「はい。彼女のお母さんもずっと泣いてました。

 その彼女が、毎朝、僕の家に誘いに来るんです。家が遠いので一人暮らしをしているんですが、毎朝、7時に電話が鳴って、そろそろ出かける時間になると、ドアチャイムが鳴って、耳元で彼女の声がするんです。『一緒に行きましょ』って」

 諸星君は言って、俯いた。

「僕、薄情ですよね。悲しいんですよ。悲しいんだけど、これは困るなって。でも、そんなの、彼女に悪いし」

 消え入るような声だ。

「悪くなんてないですよ」

「うん。それは彼女にとってもいい事じゃあないしねえ」

 僕と直が言うと、楓太郎が力強く言う。

「大丈夫。必ず助けますよ!先輩が」

「彼女は気の毒やけど、諸星君が不調を我慢してまで責任を負う必要はあらへんねんで」

「自分もそう思います」

 諸星は途端に泣き出して、

「ありがとうございます。ありがとう、ございます」

と、何度も繰り返した。

 余程、思いつめていたようだ。

「こう見えて、オレも彼女を亡くしててなあ。気付かんうちに家まで憑いて来て、しばらく同棲ちゅうもんを知らんうちにしとったらしいんやわ。あはは!先輩として相談にも乗るで。

 まあ取り敢えずは、メシにしよか。諸星君は弁当なん?食堂なん?」

 努めて明るい声で智史が訊く。

「コンビニで弁当を買ってます。何か、食堂は混んでて、圧倒されて」

「オレもや。こいつらは自作弁当またはおかんの弁当でな。かわいそうなオレは、その家庭の味っちゅうもんを毎日狙っとるわけや。

 さあさあ、今日のお弁当は何や、怜」

 わざと明るく催促し、笑いを誘う。

「お茶、淹れ直しますね」

「手伝おう」

 楓太郎と宗がミニキッチンに立ち、僕達はお弁当をかばんから出して、お昼にした。

 今日は、桜ご飯、竹の子と小がんもときぬさやの炊いたもの、ひじき大豆、さわらの味噌漬け、ほうれん草入りだし巻き卵。

 冴子姉と、転勤以来は兄もお弁当だ。今頃食べている頃だろうか。

「おお。春らしいねえ。桜ご飯おにぎりちょうだい!」

「だし巻き、オレの卵焼きと換えて。あと、おにぎりもや!」

「ああ、ぼくも!ええっと、おにぎり予約します!」

「お前は……。でも、自分も桜ご飯で」

「そう言うかと思って、桜ご飯のおにぎりは別に用意して来た」

 僕達のいつもの様子に目を丸くしていた諸星君も、声を上げて笑い出した。

 わいわいと皆でお弁当を食べ、放課後に待ち合わせる約束をして別れると、僕は直に訊く。

「彼女と、まだ他に何かいるよな」

「うん。あれは誰だろうねえ」

「まあ、泊まり込んで実際に会ってみれば何かわかるだろ」

 協会からの仕事はなくとも、トラブルは飛び込んでくるものらしい。




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