第394話 さかさびな(3)かげびな

 雛めぐりスタンプラリーに従って、温泉郷を歩く。

 割と最近の雛飾りもあれば、歴史を感じさせるものもあるし、豪華なものもあれば、簡素なものもある。どちらにしても、大切に受け継がれてきた誇りあるものであることが察せられる。

「よくこんな江戸時代前のものが残ってたなあ」

「戦争も天災もあったのにねえ」

 しみじみと言いながら見学して歩きつつ、おかしな気配がないか視ていく。スタンプラリーは温泉郷のほぼ全体で行われており、これに従って歩いていると、不審者扱いされずに済みそうだった。

「昔のは素朴ですね」

 楓太郎が言うのに、頷く。

「元々は、厄を移すという呪術的なものから出発してるからな。本当の始まりは紙の形代だろうなあ」

「人形と言えば人形だねえ」

「でもそれやと、何か怖いわ」

 智史が言って腕を抱くようにすると、真先輩も苦笑して、

「人形って、どうしてもどこか怖いけどね」

と継ぐ。

「あの目が怖いですよね。夜中とかに見たら」

 宗が真面目な顔で同意した。

「沖縄の博物館で見た人形、琉球ガラスの目を入れてたんだけど、もの凄く怖かったなあ。動き出すかと思った」

 真先輩は言って、思い出したように肩をすぼめた。

 人型であるという事と、リアルな目。これが怖い人形のキモだろう。

 それにしても、千代の家の雛飾りは、群を抜いていると改めて思う。余程昔は、ここ一帯の中心的な家だったのではないだろうか。

 他の宿泊客とすれ違いながら、次の雛飾りに向かって歩く。

 と、ある小さな古い民家の中から、冷たい気配が漏れ出ていた。

 僕と直は、同時に足を止める。

「ここか?」

「古いお雛様を受け継いでいるようには見えんなあ」

「失礼ですよ、智史先輩。没落した元名家が住んでるボロ家かもしれないじゃないですか」

「楓太郎、お前も大概失礼だぞ」

 宗が溜め息をついて言った。

 ドアも窓もピタリと閉まっていて中は見えないし、物音ひとつしない。でも、中で部屋の電気が点いているのは見えた。

「ちょっと待っててねえ」

 直は斜め向かいの駄菓子屋に入って行くと、数分でニコニコしながら出て来た。

 そして、少し移動してから口を開く。

「あの家に住んでるのは、八千草哲二さんっていう、元千代の家のオーナーらしいよ。人付き合いが苦手で、オカルトと占いに傾倒して、財産を占い師の口車に乗せられるままに使い切って、全てを手放す羽目になったらしいんだよねえ」

 相変わらず、手品のような会話術だな。

「恨んでるのかな」

 真先輩が言うのに、直は頷いた。

「らしいですよう。道で会っても睨みつけて挨拶もしないらしいですしねえ。

 今のオーナー夫妻は前のオーナーの遠縁にあたる人で、普通にあそこを競売で買って、千代の家という屋号と雛飾りを受け継いだらしいですねえ」

「逆恨みしとるいう事か?」

「だねえ」

 皆一斉に溜め息をついて、家を振り返った。

「女将さんは階段から落ちて足を骨折、オーナーは腕の火傷。これが八千草さんのした事なら、これ以上の事をしでかさない内に止めないと」

「ああ。今度こそ、殺されるかも知れないもんねえ」

 僕と直の意見は一致したが、ここで、困った。

「で、どうやって止めるん?」

 智史がウキウキと訊いて来る。皆も、前のめりだ。

「そこだよなあ」

「家に入れたら早いけど、無理だもんねえ」

「呪詛を跳ね返すだけなら何とかなるけど、それで八千草さんが死ぬ程だったらちょっとなあ。それに、軽すぎてまた再チャレンジされても困るしな」

 僕と直は、唸った。

「先輩。跳ね返す加減はできないんですか」

「そんな便利なものはないよ。壁に向かって全力で投げたボールは強い力で跳ね返る。緩く投げたボールは緩く跳ね返る。それと一緒だ」

「八千草さんが本気を出せば出すほど、返る力も強くなるんだよねえ」

「八千草さんの説得なんて、できそうもないよね」

 真先輩が言って、眉を下げる。

「自業自得とも言えないしなあ。どうしたもんだろうなあ、面倒臭い」

 僕は溜め息をついた。


 その頃、八千草哲二は家にしつらえた祭壇の前で、ニタニタと笑っていた。

 彼は確かに、インチキ占い師のせいで全てを失った。家も、旅館も、雛飾りも、自分の物なのに、という想いに悔しくて狂いそうだった。なぜあんなインチキ占い師を信用したんだろうと、悔やみもした。

 だが、集めまくったオカルトの知識は、辛うじて役に立っている。

 この地方にある、厄を人形が肩代わりするという「かげびな」。それをある方法で、人形に与えた厄を人に移すのが「さかさびな」。

 目の前の紙粘土で作った人形は、一体は腕が焦げ、一体は足が折れていた。

「この雛温泉郷の名家八千草家の外戚の外戚が、本家を乗っ取ろうだなんて。取り戻してやる」

 ギラギラと狂気に彩られた目をした八千草哲二は、昏い笑いを浮かべて、人形を見つめていた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る