第385話 燃える馬(2)ウマはUMAではない
敬にさつま芋のポタージュを食べさせながら、直に事件の話をしていた。敬は離乳食が始まって、今は、ポタージュ程度の柔らかい物を少量だ。
敬は満足そうにこちらを見上げて、手をパタパタさせる。
「燃える馬ねえ」
「元日の昼頃に小火があって、これは長男の部屋にくっついたベランダで、置いてあった植木が燃えたらしい。この時、長男が目撃したとか。
次は同じ日の夜で、長男が換気のために2階の自室の窓を開けてトイレに行こうとしたら、窓の外から燃える馬が飛んで来て、ベッドに燃え移ったらしい。すぐに消し止めて、大事には至らなかったようだが」
「UMAじゃないんだよねえ?」
「見てないからなあ。でも、火が点いたら、いつの間にか馬はいなくなっていたそうだ。
まあ、火が点いてそれどころじゃなくなってたのもあるだろうけどな」
「放火して回る馬かあ」
直はううむと唸った。
「どっちも2階の部屋で、火の気は無し。不審火には違いないって。燃える馬についてはわからなかったけど陰陽課案件として協会に連絡が行って、派遣されたらしいが何の痕跡も無しで、僕達に回って来たんだな」
「隠れタバコとかはないかねえ」
「どっちも中3男子で、片方は喘息持ちだから絶対に無理らしい」
「成程ねえ」
「取り敢えず、現場に行くか」
「そうだねえ」
2軒の家は、どちらもそう離れていない。同じ中学校区だった。
「引っかかるねえ」
「ああ。同じ学校、同じ学年だからな」
確かに、念のようなものは残っていない。
「見たの。火の玉か何かかと思っちゃったわ」
立ち話をしていた近所の人の声が聞こえてきた。
「それが窓から飛び込んだの?」
「そう。ひらひらーっと飛んで来て、窓の外で急にボッと火が点いて、馬になったのよ」
「まああ」
僕と直は顔を見合わせた。
「札か?」
「可能性は高いねえ」
獄炎の名が頭に浮かぶ。だが、手口と規模がどうも合わない。別口だろう。
「次は、警察だな」
兄のいる警察へ向かった。
警察というところの利点の一つは、組織力だろう。たった一晩でも、色々な事を掴んでいた。
「一件目の家の長男、
2人共私立関東学園高等部を希望しており、桜田は秋に学校推薦で合格しています。梅川は来月の一般入試での受験ですが、合格圏内だそうです。
他にこの中学からの受験者は3人います。柊木邦明、
刑事がメモを読み上げる。
小会議室で、捜査会議中だ。僕と直は協力者という立場で参加している。
「いじめなんかはなかったのか」
「はい。聞かないようです」
係長の質問に、すぐに答える。
「現場を見ていらしたんですよね。どうでしたか」
係長が僕達に訊く。
「はい。たまたま見たという近所の人の井戸端会議を耳にしたんですが、どうも、札が使われたようです。ひらひらと飛んで来て、窓の外で火が点き、馬の形に変わったと」
刑事達がザワザワとする。
「ただ、札の燃え残りもありません。使い捨てではなく、使いまわしなんですかねえ」
「だとしたら、規模が1回目より2回目が多少ですが大きくなっているのも、偶然ではなく、札が成長していると考えられます」
「じゃあ、3回目があるとしたら、もっと大きな、小火では済まない火事になる可能性もあるのか」
係長が緊張を孕んだ声を吐き出す。
「受験絡みだとしたら、残るのはあと3人。見張らせてもらえないでしょうか。接近して来たら、もう少しわかると思うので」
「張り込みですか?それはまあ。しかし……」
チラッと、課長は兄を見た。
「署長」
「張り込んで、阻止できるのか?」
「……火なだけに、直――町田の札は相性が悪い。僕の前に来たら、阻止して、術者まで辿りますが」
動機を絞り込むのは諸刃の剣だ。間違っていたら、見当外れで、マイナスにしかならない。そしてそれを決めるのは、今ここでは兄の役目だった。
「わかった。どこに貼り付くのか、当てはあるのか」
「いえ。ですが、監視と追跡の手筈は3軒共にしておきます」
「わかった。取り掛かってくれ。
捜査員は、彼らの成績や生活態度などを調べて欲しいが、相手は中学生だ。くれぐれも慎重に頼む」
「はい!」
体育会系だなあ、とつくづく思う。
そして、警察を恨む霊がいなくなったことで、明るくて活気のある雰囲気がこの署に満ちていた。
ばらばらと立って捜査員が出て行くと、僕と直は、どこに張り込むか選定に取り掛かった。
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