第380話 ハーメルンのサンタ(1)サンタさんがやって来た

 もうすぐクリスマス。子供にとっては心躍る一大イベントで、サンタさんに何のプレゼントをお願いするか、希望通りのプレゼントがもらえるかどうかは、大きな問題だ。そしてクリスマス前になると、親は、

「サンタさんの査定期間だから、いい子にしてないとプレゼントがもらえなくなる」

等と脅して来るので、全く気を抜けない。

 双龍院康介そうりゅういんこうすけ――3歳――にとっても、それは大きな問題だった。

「康君、サンタさんに何をお願いしたの?」

 公園で、友達のお母さんが訊いて来る。そして、それを背後で、母親の京香きょうかが、しっかりと聴いている。お母さん方の、連携プレイだ。クリスマス前には、良く見られる光景である。

「あのね、怜君!」

「ああ……康介。怜君はもらえないわ」

「だめ?」

「康介は怜君が大好きだからねえ」

「康君、他に欲しいのって何かな?」

「ううん……車!」

「比呂君は何がいいのかな?」

「ぼくも車!ミキサー車!」

 2人の3歳児は、今欲しい車について、熱く語り始めた。

 と、サンタの扮装をした人物が現れ、子供達は、我先にとサンタさんに群がって、要望を伝えようと必死になった。

「はあい、並んで並んで。いい子の君達には、早めのプレゼントだよ!皆には内緒だよ」

 シイーッ。

 サンタは子供達に、チョコレートの一つ入った小袋を渡していく。そこには近日開店という喫茶店の広告が入っており、母親達は、「宣伝なのね」と、広告に書かれたメニューと価格のチェックに余念がない。

「サンタさん、ありがと!」

 康介はチョコレートを貰い、いい事を思いついた。


 僕は、クリスマスプレゼントについて考えていた。

 御崎みさき れん、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「何がいいかなあ。兄ちゃんは、この名刺入れでどうかな。カッコいいと思うんだよなあ。

 冴子姉は……この電子辞書でどうかな。

 けいは、帽子と手袋のセットにするか」

 楽しく悩んでいると、ドアチャイムが鳴った。

「お、康介じゃないか。京香さんも、こんにちは。どうした?」

 隣の家に住む康介が、満面の笑みで立っていた。後ろには、師匠である京香さんもいる。

「あのね、これ、プレゼント!」

 握りしめた右手をグッと突き出す。

「何だろうな?あ、チョコレート……かな?」

 完全に溶けて変形して、一瞬わからなかった。

「公園で貰ったんだけど、怜君にあげるって聞かなくて。溶けててごめん」

 京香さんが苦笑した。

「いえいえ。嬉しいな。でも、康介、チョコレート好きだろ?」

「いいの!ああーん」

 包んでいたセロファンを剥いて、グイグイと口に入れようと迫って来る。

 どんどん溶けて、えらいことになりそうだ。なので、ありがたくいただく事にした。

「はい、ありがとうな。ん、美味しいな。康介、手がチョコレートまみれだぞ。早く洗って……あれ?」

 どうした事だろう。康介がどんどん巨大化していく。おお、京香さんも大きくなって行くぞ。そう思っているといきなり体がころんと後ろにひっくり返った。

「天井がやけに高い――って、何か声がおかしいな」

「ちょっと、怜君!?どうしたの、一体!?」

 京香さんが慌てた様子で覗き込んで来て、そのまま固まった。


 リビングで、京香さん一家、兄、冴子姉、敬、直と、3歳児程度に戻った僕が途方に暮れていた。

「懐かしいと言えば懐かしいな」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「見た目は子供、頭脳は大人な霊能師に、シフトチェンジかねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「そんなわけあるか」

 ムスッと言う。

「でも、ちょっとかわいいわねえ。こんな3ショット、もう2度とないわよ」

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

 僕と康介と敬がぴったりと並んでいるのを見て、冴子姉と京香さんが写真を撮り出した。

「いや、確かに無いだろうけどね」

 聞いてない。兄と直まで、撮り出した。だめだ、これは。

「それで、サンタの配ったチョコレートとやらを食べたらこうなったんだねえ?」

「そう。この広告と一緒になってたんだけど」

 京香さんがやっと落ち着いて、広告を出す。

「行ってみたら、空き地のままだったわ」

「これ、どういう事なんでしょうね。チョコに何か術でも?」

 兄が訊くが、京香さんは困ったように首を捻る。

「これと言って感じなかったんですけど……普通、こんな現象は起きないしねえ」

「協会に問い合わせ中だけど、聞いたことが無いって。様子見って言う事だったけどねえ」

 僕はもう一度康介に訊いた。

「公園で、サンタさんがくれたのか?」

「そう!今日中に食べてねって」

「他の子も貰ってた?」

「うん!1人1個ずつ。だから、怜君にあげたの」

「そうか。ありがとうな」

 礼を言うべきなのかは疑問だが、気持ちはありがたい。

「ううう」

「敬も、大きくなったら一緒に食べような」

「うああ」

「他の子に異常が無いか、聴いて回らないとな」

 とにかく、前代未聞過ぎて、どうしたらいいかさっぱり見当もつかない状況だったのである。


 小さい体が、思いのほか扱い辛い。ちょっとしたところに手が届かない、思ってたよりも物が重い、重心が高くなってやたらと転びやすい、舌が上手く動かなくて喋り難い。

「はあ。こんなだったかなあ」

 兄は心配しながらも何か嬉しそうで困る。

 冴子姉も、もしこのままでも、長男って事でいいじゃない、と言う。

 元気付けてくれているのはわかるが、僕は戻りたい。

 夜中、部屋で1人早口言葉に挑戦していると、背後に気配が近付くのを感じた。

「あ、サンタ……」

 振り返ると、次元の裂け目ができ、サンタクロースの扮装をした人物が子供達を従えて立っていた。

「サンタ、さん。迎えに来たよ。一緒に遊ぼう。お友達も待ってるよ」

 言いながら、いとも容易く、ひょいと抱き上げて捕まえられる。

「離せぇ!」

「さあ、行こう」

「兄ちゃあん!!」

 サンタに抱えられて次元の裂け目に入って行き、裂け目が閉じる寸前に見えたのは、声を聞いて部屋に飛び込んで来た兄の、焦った顔だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る