第379話 レクイエム(4)思いやり
札で拘束された沖野さんは、警察官を見て唸り声を上げていた。
「署長?」
副署長が来た。
「一緒に見て貰う方がいいだろう。副署長はここを一番良く知っている人間だし、今後も、片腕として何でも力を貸してもらう事になる」
「わかった」
キョトンとする副署長を伴って、4人で署長室へ入る。
そこで、僕と直の事、昨日の事、僕達が調べて来た事とこの現状を話した。
「そんな、あの自殺が……」
「それについてはこれからハッキリさせるところですが、可能性は高いです」
副署長は汗をハンカチで拭いて、気真面目な顔で、
「わかりました。署長の判断に従います」
と言った。
「じゃあ、怜、直君、頼む」
可視化の札を、沖野さんに貼る。
副署長が、声を堪えて身じろいだ。
「
離せぇ、畜生
「隣のマンションの学生ともめていたんですよね」
そうだ。あいつら、好き勝手な事をして。
「前の署長さんを自殺させましたか」
騒音なんてほうっておけ、強盗の緊急配備で忙しいと
「そう、言ったのですか」
そう言っているのが聞こえた
「……広域強盗が管内で事件を起こしまして、今度こそ捕まえられそうだったので、署を上げて緊配やら何やらにてんやわんやになった事がありました」
副署長が頭を下げる。
「あれか。175号。資料で読んだな」
「沖野さん。署長はその時、ここへ来てなかったんです」
「いえ。同じ警察官として、謝罪します。申し訳ありませんでした」
「署長……申し訳ありませんでした」
兄と副署長が揃って頭を下げる。
沖野さんはそれを見ているうちに、暴れるのが収まって来た。
何だよう。もっと早く……
「沖野さん。学生のしたことが許せずに、学生に同じことを繰り返しているんですね」
そうだ。あいつら、証拠を残さないように、くそっ
「警察の雰囲気が悪いのも、警察が解決してくれなかったから?」
そうだ。法律でどうかじゃなくて、困ってたんだよう
「申し訳ありませんでした」
「前の署長さんを」
俺の経験を毎日夢で見せた。そうしたら……
「そうですか。あなたが苦しんだ事は、よくわかりました。
101の桑名さんが窓ガラスを割って、201の隅田さんがタバコを庭に投げ入れ、204の坂枝さんが庭の水道を出しっぱなしにしたんですか」
そうだ。証拠はないけど、見たんだ
「わかりました。それが本当なら、許していい事ではないです。
マンションに行きましょう」
「何か証拠があればいいんだが……。
タバコの吸い殻とか、まだ庭にあるだろうか」
あるぞ
「鑑識と……」
「兄ちゃん。できれば、ずっと関わって来てた生活安全課がいいと思う。警部補、悔やんでたし」
「……そうだな。経緯も頭に入ってるだろうしな。
副署長、よろしく頼む」
「お任せください」
「それと、明日の朝、訓示を行う。そちらもよろしく頼む」
「はっ、承知いたしました」
副署長はキビキビと動き始め、アッと言う間に、準備が整った。
僕達はしばらくの後、沖野家の庭で、蒼白になって責任のなすりつけ合いをする学生3人を前にして、黙々と鑑識課員がタバコの吸い殻を拾い、水道の蛇口やホースから指紋の採取を行うのを見ていた。
「何で俺達が悪いんだよ。タバコとかはふざけ過ぎたけど」
「ふざけ過ぎたで済むか!」
半泣きでキレる学生達に、警官が怒鳴る。
「一歩間違えば、火事にもケガにもなるんだぞ!?
ちょっと相手を思いやって音量を下げれば済む話だっただろうが!人をノイローゼで死に追いやるほど、譲れない事だったのか!?」
学生達は泣き崩れる沖野家の遺族を見てがっくりと膝をついて泣き出した。
沖野さんも、復讐する気は失せているらしい。
「沖野さん。もう、逝きますか」
そうですね。署長には悪い事をしてしまいました
「ご家族の方、一言ありますか」
「引っ越せば良かった。ごめんねえ、晴臣」
母親は泣き、父親は
「馬鹿野郎が」
と絞り出すようにいって、ぼろぼろと泣いた。
すまん。親父、お袋
そして、浄力に当たると、天に上って行った。
その時、どこからか微かにピアノの音が聞こえて来た。モーツァルトのレクイエム。
後日、副署長から連絡があった。
あの翌日の兄の訓示がいかに素晴らしかったか。そして、いかに署内の雰囲気がガラリと変わったか。
そうだろう、そうだろう。兄ちゃんだからな。
「お世話になりました」
そう言って電話を切ったのだった。
「千穂ちゃんも、ウソみたいに雰囲気が良くなったってさあ」
「良かったな。まあ、沖野さんは気の毒だったがなあ……」
「何事も、初心を大事にって事かねえ」
「そうだな。人を思いやる。警官は、困った人を助ける」
「霊能師は霊障相談に乗って料金を貰う」
不意に、課長の声がした。
「あ、課長」
「料金は?」
「ええっと。今、留置所の中です」
「何でかな。お前らが関わると大きくなるのはどうしてなのかな」
「何でだろうな、直」
「さあ、わかんないねえ、怜」
「逃げるな。わからなくても、報告書の書き方は覚えているだろう?じっくり、細かく、丁寧に、漏れなく」
「……面倒臭い」
僕と直は、溜め息をついた。
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