第366話 ローレライ(1)怪しい霧

 ラップの上に穴子を置いて、その上に、刻み甘酢ショウガと青じそと白ごまを混ぜた酢飯をのせ、巻きすで巻いて形を整える。これで、穴子の押し寿司の完成だ。後は、高野と人参としいたけといんげんを炊いたもの、青じそと叩いた梅干しを豚スライスで巻いて焼いたもの、水菜と大根と人参とトマトとゆで卵のサラダ、そうめんとわかめの味噌汁。デザートはマンゴーだ。

「うわあ、美味しそう。いただきます!」

 冴子姉は「お寿司が食べたい」と言っていただけあって、まず押し寿司から口にした。

「おいひー」

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

 今は妊娠中で、バランスの良さ、避けるべきもの、取るべきものが自分ではできそうもないと早々にギブアップしたので、食事全般を僕がやっている。

「良かった」

 御崎みさき れん、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「病院で、先生や栄養士さんに褒められたわよ。栄養バランスもいいし、色んな数値がバッチリだって」

「良かったぁ。もう少しだから、このまま無事に行きたいよなぁ」

 2人で話しながら夕食を食べ、洗い物をして、ノンカフェインのほうじ茶を淹れてリビングへ行く。

「そろそろよね、電話」

 兄は出張中なのだが、今頃は帰りのフェリーの中だろうか。取り敢えず毎晩、変わった事は無かったかと、電話をかけて来るのだ。それで、一応両方の声を聞いてから、切るのだ。

 しかし、いつもより少し遅い。

「まあ、食事中とか、どこかと電話中とかだと、かけられないからな」

「そうね」

 テレビを点けて、電話を待つ。

 が、そのニュースに驚愕した。

 沖縄から長崎に向かうフェリーが、消息を絶った、と。

「これ、兄ちゃんが――!」

「まさか!?」

 目がテレビにくぎ付けになる。

 慌てて兄にパスをつなごうとしてみるが、何かが邪魔をして、つながらない。

 だが、そんな事は言えない。

「どど、どうしよう、怜君」

「落ち着いて。まずは色々聞いてみるから。大丈夫」

 そう言う自分の手が震えていて、困った。

「大丈夫。取り乱してごめんね。あの司さんが、大事な私達を放り出すわけがない。何かあっても、神様に直談判して戻って来るわよ。ね」

「うん。うん」

 僕達は互いに励まし合って、とにかく僕は、頼りになりそうな所に電話をかけようとした。

 徳川さん、いや、そうだ。海上自衛隊の艦長さん!いや、海上保安庁の管轄か?

 アドレスを見ていると、直から電話がかかってきた。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

『怜?大丈夫だからねえ。今そっちに向かってるから』

「直、ありがとう。

 え!?ちょっと、冴子姉!?」

 ギョッとする。

「お腹、痛い」

「でえええっ!?どうしよう!?まだ早いよね!?」

 冴子姉が、お腹を押さえてしゃがみ込んでいる。

「大丈夫。京香さんに頼むから、怜君は司さんをお願い」

 何があってもひかないという顔だ。

「わかった。京香さんを呼んで来るから待ってて。

 直も、頼む」

『任せといて』

 隣に住む京香さんは、現在育児休暇中だが、僕達の師匠に当たる霊能師だ。アルコール好きで大雑把だが、こういう時は頼りになる。

 僕は電話を切ると、隣へ走った。

 そして色々と情報を集めた結果、事故にしては消え方が唐突でおかしいのと、現場だけが霧に覆われている不自然さから、心霊案件の可能性が高いと判断。すぐに霊能師協会への依頼となり、僕達はヘリで現場へと向かう事になったのだった。




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