第365話 心霊特番・八甲田山(3)リュックの中
シップを貼り、添え木を当てておく。水も食糧も尽きたそうで、補水液を飲ませてから、食事の支度を始める。
「2人でハイキングねえ」
ボソリと言う。
「おかしくない?」
「うん?まあ、あからさまだよなあ」
彼らは名前を、山田コージ、山田えりなと名乗ったのだ。
慌てて目の前の人間を見て捻り出したような偽名だ。
「本名を名乗りたくない事情でもあるのかな」
「不倫を隠したいとかなら、まあ、危険はないからいいよぉ。でも、何かもっと危ない事情だったら、まずいよねえ?」
チラッと2人を見る。
「見た目ではわからないなあ」
「でも、あのザック、絶対に手許から離さないんだよねえ」
「そうだな。それに、持ち物とか訊いても、ザックの中を絶対に開けて覗かせないしな」
「水も食糧もタオルも無い。なのにザックは膨らんでる。何が入ってるんだろうねえ」
「……密輸?いや、こんな場所でおかしいな。後は、大麻とか、拳銃とか、そういう犯罪絡みのもの?」
2人で、ジーッと観察する。
視線を感じたのか、皆がちらほらとこちらを見た。
それに、直がにこにこと笑いかけながら、小声で言う。
「とにかく、警戒しておかないとねえ」
「そうだな」
言いながら、捕まえて来た魚に包丁を入れた。
お米はきのこや砕いたエビ味のスナック菓子と一緒に炊いてリゾットにし、カサを増やした。そして近くの川で摂って来た川魚を塩焼きにし、つまみとしてミトングローブ左手右手が持って来ていた缶詰のイカを掘り出したむかごと炊いて煮物として量を増やし、どうにか、夕食を仕立てる。昨日の肉や野菜があれば良かったのだが、すっかりと昨日のうちに食べてしまっていた。まだ米があったのが奇蹟だ。
明日の朝は、えりなさんのおやつのプリンと高田さんが途中で自販機で間違えて買った牛乳、甲田さんの持っていたパンで、パンプディングを作る。
つまみ食いに目を光らせておかないとな。
皆で夕食を摂るのはそれなりに楽しく、和やかな雰囲気で食事は進み、テントに分かれて、寝る事になった。
テントの1つを山田さん達に貸し、昨日の男用テントとスタッフ用テントで、残りの皆が分かれる。
この分け方に何か言いたそうな人は勿論いたが、高田さんと甲田プロデューサーには先におかしいからと根回ししておいたので、上手く皆をまとめてくれたのだ。
そろそろ、午前0時だ。
静かな山中で聞こえていた、虫の声が止まった。
「直、頼む」
「了解」
小声でやり取りをして、そっとテントを出る。
山田テントは静まり返っていたが、不意に、悲鳴にならない悲鳴がした。
「開けますよ」
ザッと、テントを開ける。
そこには、這って逃げようとする山田さん2人と、2人をジッと見つめているお婆さんがいた。こちらは生きてはいない。霊だ。
「ゆ、幽霊がっ」
「どうしました。この2人が許せませんか」
山田さん2人が、ギョッとしたように僕を見る。
「な、何で、何を」
「だって、そこの遺体、この方のでしょう?」
ザックを指さす。
山田さん(女)は取りに行きたそうにしたが、ザックの前に幽霊がいるので、諦めたらしい。
「何、バカな事を」
「熊に襲われたように見せかけて山奥に捨てて来たのに、なぜか頭部だけがザックの中にある」
「そんなわけ……」
「見せてもらってもかまいませんか」
「だめよ!何の権利があってそんな事言うの!?」
「権利、ね。あなた達に、この方を殺して遺棄する権利を問いたいですがね」
山田さん2人は、幽霊よりも怖い物を前にしたように、僕を見ている。
「ど、どうしてその事を――」
「悟!!」
「――!」
「聞いたんですよ。そちらから」
嘘だ。2人でテントを使わせたらわかるかもと思って目をくっつけておいたら、ザックの中の生首を恐る恐る見て、ビニールとタオルで包み直すのが見えただけだ。
「申し遅れました。霊能師の御崎 怜です」
「同じく、町田 直ですぅ。
怜、飛ばした式が、見つけたよ。残りの遺体の場所をねえ」
山田さん2人は、体から力を抜いた。
「上手く行くはずだったのに」
「資産家は事故で死亡。唯一残った孫が遺産を手に入れて、借金を返して、贅沢して……」
溜め息が漏れる。
「警察はきっと、罪を暴いたでしょう。
朝には警察が来ます。それまで、逃がすわけにも、自殺させるわけにもいきませんから、見張らせてもらいますから。
ザックはこちらに」
山田さん2人は抵抗する気もないようで、そのままぼんやりしていた。
お婆さんはそんな2人を悲し気に見ていたが、肩を落とし、一礼して消えて行った。
夜のうちに兄にパスで連絡し、こちらの警察に連絡を取ってくれるように頼んでいたので、朝、朝食を摂り終えた頃、直の式の案内で、警察が到着した。
男はお婆さんの孫で、借金に追われていたらしいが、これがもう4度目の無心となるのでお婆さんにお金を貸す事を断られた為、犯行に及んだらしい。
全て終わって家に戻り、兄や冴子姉に詳しく話していたが、2人共、ハードな旅行にただただ無事を喜んでくれた。
ゾンビの件も八甲田山の件も新聞やテレビで大きく報じられ、甲田プロデューサーは、視聴率がますます期待できると大喜びだった。
そして、銅像前での自撮り写真が気になっていたのでテレビ放送を見ると、皆、軍服の兵士達との集合写真になっていた。
「こうなってたのかあ」
そして、騒動の一部始終が、バッチリとカメラに捉えられていたのである。
「相変わらず、凄いな、カメラさん」
「尊敬に値するな」
兄と、しみじみと言い合う。
「ゾンビとかは放送して良かったのかな」
「まあ……ショックはショックだが、ゾンビを斬るところは放送してないし、死体損壊とかの騒ぎにはならないだろう」
「そうなったら、大変だったなあ」
「でも、事情説明はしに来いと、徳川さんが言ってたからな」
「はあ、面倒臭いなあ」
僕は溜め息をついたものの、まあ、今回は本当に兄にも色々と手間も心配も掛けたと反省した。
「兄ちゃん、色々ありがとうな。ゾンビの時も八甲田山でも、パスしか連絡できなかったから全部兄ちゃんに頼って」
「まあ、あの状態では仕方ない。無事だったから、このくらい何でも無いしな。
でも、何かあると心配だな。衛星電話とかの方がいいか」
「こんな事、そう無いから。心配し過ぎだから」
真剣に考え込む兄と慌てる僕に、冴子姉が向かい側で爆笑していた。
ああ。平和だなあ。
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