第364話 心霊特番・八甲田山(2)遭難者
八甲田山。旧日本帝国陸軍が雪山を雪中行軍訓練をして遭難し、大量の犠牲者を出した山だ。映画にもなっており、『天は我を見放した』というセリフは有名で、映画そのものを見ていない人でも知っていたりするくらいだ。
また色んな怪現象も起こっており、現在の自衛隊も冬はここで雪上訓練をするが、心霊現象に逢ったという人は少なくない。
例えば、これだ。
「何、何、何!?」
ミトングローブ左手右手が、テントを叩く音にびびりまくって震える。
と、今度は、たくさんの行進する足音が近付いて来る。
「何か来た!?これ何!?」
「軍靴だよ!」
えりなさんと高田さんが、震えあがって思わず手を取り合う。
「な、何か、取り囲まれてない?たくさん、人がいるでしょ!?」
テントの周りに、たくさんの気配がする。
「大丈夫だよぅ、結界があるから」
「いいいるんだ」
「まあねえ」
「いますよ」
スタッフも含め、震えあがる。
「他に、無人の別荘から119番通報があったとか、ドライブに行った人に憑いて家まで行ったとか、自衛隊員が訓練中に、窪地に発生したガスで亡くなった事もありましたよね」
甲田プロデューサーが言って、ますます皆、震えあがる。
その事故の事は僕も新聞で読んで覚えている。痛ましい事故だった。
「まあ、無理な計画だったんですよね、あの陸軍の訓練は。尊い教訓になりましたね」
しみじみと語っているうちに彼らは歩き去って行き、静かになった。
緑が濃い。
「ハイキングかあ。真夏でなければ良かったんだけどね」
高田さんが言うのに、
「真冬だと、帝国陸軍の二の舞ですよ」
と返すと、
「秋とか春とかもあるでしょ」
と言われた。
成程。
僕達はテントで一夜を明かし、酸ヶ湯温泉を目指して山道を歩いているところだった。
「今日は酸ヶ湯ですねえ」
「山の幸だな。兄ちゃんと冴子姉にお土産探そうっと」
僕と直は、まだ着かない酸ヶ湯温泉に思いを馳せていた。
昨日の銅像での自撮り写真は、甲田プロデューサーが見せてくれないが、何とも嬉しそうに笑っていたので、何か写ってるんだろう。少し楽しみだ。
と、それが来た。
ピタリと足を止めた僕と直に、皆、どうしたのかと目を向けながらも、辺りを油断なくキョロキョロと見廻す。
「どうかしたの?」
美里がさりげなく近寄って来、それに気付いた。
「足音がする?」
ザッ、ザッ、ザッ。
皆の顔から血の気が引く。
「ぐぐ軍靴だ」
「やばい、やばい、やばい、やばい」
ミトングローブ左手右手、えりなさん、高田さんが、慌てる。
そのうち、音は周りを取り囲んだ。
「助けて!」
泣き出すえりなさんを宥めながら、その行軍中の兵士達の指揮官に視線を向ける。
「……そうですか。わかりました。お願いします。
甲田さん。この先で、遭難者がいるそうです。彼らが見つけて、教えてくれました」
「すぐ電話――電波が入らない!」
「はい。それでその人達も、助けが呼べないのでしょう。行きますか。無理なら、僕だけでも行って来ますが」
言うと、直と美里はすぐに怒った。
「遭難者を放っておけないわ。1人でどうにかなるの?女性がいたら困るんじゃないの?」
「そうだよう、怜。ボクも行くよ、勿論。ここからなら、もう霊的な心配はないしねえ」
それで、皆で救助に向かう事に決まった。
軍靴の音に囲まれながら山に分け入り、進む。
道から外れてのショートカットだ。
姿の見えない足音だけに囲まれてのハイキングは、だんだん深くなる山と、夕方に近くなっていく時計の針とのおかげで、心配を誘うようだ。
「大丈夫だよね?このまま遭難するのが俺達っておちじゃないよね?」
コソッと高田さんが訊いて来るのも、わからなくもない。
「信用しましょう。まあ、万が一の時の連絡はつきますから」
「頼むね」
そんな事を言いながら歩いていると、前の方で、座り込む人物が2人いた。
「ああっ!いた!」
わああ、と皆が走って寄って行く。
僕と直、見えないながらも美里は、彼らに向き直った。
「ありがとうございました。後は、引き受けました。
あの、もう、あちらに逝かれますか?」
彼らは白い歯を見せて首を振ると、ザッときれいに敬礼をして見せ、去って行った。
「お疲れ様ぁ」
直も、礼を言って見送る。
「いい人たちね」
「帝国陸軍兵士として、放って置けなかったのかな。
さて」
遭難者の方に近付く。
「どうですか」
遭難者は若い男女で、男性の方が足を捻挫しており、女性の方は、支えて運ぶにもここで力尽き、2人で座り込んでいたらしい。
「これから下山したら、真っ暗な山道を歩く事になって危険だ。ここで、今夜は泊まりましょう」
甲田プロデューサーの意見に反対する人はおらず、僕達はテントを張って、もう一泊キャンプをする事になったのだった。
「お世話になります」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」
本当にそう思っていたのだ。それを発見するまでは――。
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