第367話 ローレライ(2)惑わせる声

 司は、つながらない電話をポケットにしまい、軽く溜め息をついた。

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは、親代わりとして弟を育て上げた。警察庁キャリアで、警視だ。

 出張中だったのだが、飛行機のチケットが取れず、船で長崎まで行ってそこから飛行機で帰るならチケットが取れ、時間も料金も無駄が無いのでそうしたのだが、わけのわからない状態に陥っていた。

 船は海上を進んでいたのだが、突然濃い霧の中に入ると、電話も通じない状態になった。そしてそのまま、いくら経っても霧から出る様子もなく、進んでいるのに、港にも着かない。

 GPS付きのデジカメで写真を撮っていた人は、GPS表示が急に無効になったと、口を揃えて言い出した。

 気象上の何らかのトラブルか?船は迷ったのか?

 しかし、誰かが波間に無数の手を見付け、乗客は、決して甲板に出ないようにと言われている。

 司はふと、怜から持たされているお守りを見た。神社の名前などは入っていない、直の札が入った小袋だ。

「これがあるから大丈夫だろう」

 そんな気がした。


 僕と直は、現場近くへ辿り着いた。

 待ち構えていた海上保安庁職員や近くの漁師は、濃い霧が一ヶ所に生じていて、その近くに行くとGPSがダメになり、無線も通じず、中も全く見えないという。そしてその霧の中から、SOSが発せられていたらしい。

 そしてそこへ通りかかったフェリーが霧に入って行き、とうに出て来てもいい筈なのに、一向に霧の中から出て来ないそうだ。

 当然、フェリーに無線も通じないし、ライトで光を送ってもダメ、拡声器を使っても返答がないらしい。

 その上、霧の中へ行こうとしても、真ん中へ進めないらしい。

「異界化だな。

 僕と町田で行きます。船……何か、ボートでも貸してもらえますか」

「行ける所まで行って、ゴムボートを下ろしましょう。

 医師を同行させますか」

「いえ、とにかく2人で行って、フェリーを戻すようにします。近くで待機していて下さい」

 僕と直は海上保安庁の巡視船に乗り、甲板に出た。

「ボートくらいなら漕げるな」

「高校の臨海研修が、思わぬところで役に立ったねえ」

 そうこうしているうちに、前方に霧の塊のようなものが現れた。

「ああ。異界だな」

 嘆きと絶望と救いを求める声がしている。それが、SOS発信という形であらわれ、それに釣られて近付いた船を、霧の中に取り込むらしい。さながら、ローレライのように。

「本当は、霧の中に取り込んだら遭難させたりするんだろうな。でも、兄ちゃんが札を持ってたから、船にまで手出しができないで、それでどうにか助かってるんだと思う」

「でも、早く行かないと」

「ああ」

 僕達はボートに乗り換え、霧の中に入って行った。

 霧がまとわりつき、声がそこら中からする。

 やがて、大きな船体が見えて来た。

「あ、これだ」

 見つけたはいいが、ここで愕然とした。

「どうやってフェリーに入ろう」

「あ……」

 僕達は大声を上げ、手を振り、フェリーの周りをまわり始めた。

 

 


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