第360話 心霊特番・人魚(1)昭和の町
甲田プロデューサーが、皆に向かって言った。
「これから向かう予定だった座敷童のいる旅館ですが、火事で焼失してしまいました」
え……座敷童がいるのに?
僕の疑問を皆も持ったらしい。
「座敷童がいる、旅館ですよねえ?」
「座敷童って、幸運をもたらすんですよね?」
「何で火事になるの?」
直、高田さん、えりなさんの問いに、全員が甲田プロデューサーの答えを待った。が、
「さあ」
と甲田プロデューサーは首を捻った。
「座敷童なんて、ただの子供の地縛霊でしょ」
「美里様、あまりにもそれは夢が無い」
ミトングローブ左手右手は嘆いたが、美里はどこ吹く風である。
「まあ、そんなわけなので、行先と内容を変更します。次は『人魚伝説』の村です。人魚の肉を食べて不死になったという、あれです。人魚のミイラを見学します」
「またミイラですか」
全員今まで、ミイラから始まったゾンビ騒動に巻き込まれて死にそうな目に遭い、解放されたところだ。
どうも、高田さんの鼻血がミイラに飛んで、それが活性化を起こし、ゾンビとなって甦ったようだった。
「皆、くれぐれも血には注意して下さい」
甲田プロデューサーが言い、僕達は人魚伝説の残る村へと、ロケに向かったのだった。
バスは、海辺の村で止まった。旅館『人魚姫』、コンビニとスーパーの間のような店、昭和の香りが漂うような理容室『ベルばら』、喫茶店兼食堂『灯台』。その裏に、ミイラを保管する寺があった。
人魚姫にチェックインすると、出演者の男部屋、女部屋、僕と直、スタッフの男部屋、女部屋と、島と同じ部屋割りになった。
ただこちらは、一応部屋に鍵がある。
「さあ、寺に行きますよ」
甲田プロデューサーに急かされるようにして、寺へと行く。
正直、人魚のミイラなるものに、期待はしていなかった。河童やら人魚やらのミイラとされるものが世の中にあるが、多くは見世物にする為に作られた偽物だ。
ただ気になるのは、不死という点である。以前の事件を通じて不死に近い一族の存在を知ってしまったので、人魚の肉を食べて不死になったという話は、人魚はともかく、不死者の存在は僅かながらに知られていたという事の証明なのではないかと思う。
「なあに、考え込んで」
美里が横に並んで言う。
「人魚って、上半身がヒトだろ。食べるの、よく躊躇しなかったなあと思わないか」
あの一族の事は、秘密だ。
「悪夢を見そうだよねえ」
直が合わせて、苦笑する。
「そうね。不死の話が広がる前の最初の人って、かなりのチャレンジャーよね」
美里は眉を顰め、
「よっぽどの飢饉だったのかしら」
と言った。
「チャレンジャーと言えば、最初にドリアンを食べた人もそうだよな」
「あの匂いで、よく腐ってないと思えたよねえ」
「鼻づまりだったのかも知れないわ」
チャレンジャー談義をしているうちに寺に着き、本堂へ通される。
恭しく運ばれて来たそれは、布で包まれ、ケースに収められていた。
その布を丁寧に開く。
上半身は小さいサルの上半身のようだった。そして下半身は2枚おろしにされて、骨と下側の半身が残っている。
「何か、珍しい形で残っているんですね」
高田さんがコメントした。
「はい。これだけ食べた、という事でしょうね」
住職が返す。
ジックリと観察してみるが、固く、茶色くなっていて、白身なのか赤身なのかもわからない。脊椎の感じはアジやサバのようだ。
「どうやって食べたんだろう」
えりなさんが言い、住職が何とも言えない顔をして、寺でのロケは終了した。
そして次は、人魚を捕まえたという洞窟へ行く。
岩山の下が洞窟になっていて、奥に上へ向かう階段があり、鎖で封鎖してあった。
「あの先は?」
「私有地です。昔からこの上に網元の屋敷があって、今も子孫が住んでいます。この洞窟部分だけは入れるんですけど」
洞窟の天井は人が辛うじて立てるくらいの高さで、奥行きは10メートル程度。洞窟の前は海だ。そして洞窟の中ほどにも階段があり、この階段が、村とつながっている。
「ふうん」
どうって事の無い外観だ。福井県の舟屋の原型などと言われれば納得しそうだ。
だが、かなり臭いが強い。腐敗臭だろうか。
カメラで撮影したら、言葉少なく、さっさと上に戻る。
「凄い臭いね」
美里はまだ鼻を押さえながら言った。
「何かの死体でもあったりして」
冗談っぽくミトングローブ左手右手の片方が言い、全員が一瞬その可能性を考え、振り払うように旅館に向かった。
「さあ、終了、終了!海の幸だな!」
「楽しみだなあ」
僕は旅館へ向かう前に振り返った。
「何か、視線を感じたような……気のせいかな」
直は首を傾けた。
「そうかねえ?」
「気のせいかな。うん」
肩を竦め、皆の後を追った。
海の幸満載の食事の後、各々の部屋へ引き上げてしばらくした時だった。
「きゃああああ!!」
美里の声が響き渡る。
何かあったのかと部屋へ飛び込むと、窓を見ながら、美里とえりなさんが固まっていた。
「美里?」
「い、今、窓から、妖怪みたいなのが覗いてた」
「妖怪?」
美里とえりなさんが、一生懸命に説明を始めた。
「顔がこう、潰れてるというか、崩れてるというか」
「ただれたみたいな瞼の下の目で、こっちをジーッと見てたの。ね、美里様」
「叫んだらサッとどこかに行ったのよ」
「……不細工な不審者じゃない?」
ミトングローブ左手右手の片方が言うと、2人はキッと睨んで、声を合わせた。
「あれは普通のヒトの顔じゃないわ!」
「酷い火傷よりも酷いわ!」
甲田プロデューサーは困ったような顔をしていたが、
「取り敢えず、2階の部屋に空きがないか聞いてみます」
と、身を翻した。
僕は窓を開けて見た。旅館の中庭があるが、今は暗くて、何もよく見えない。ただ波の音が聞こえるのと、洞窟の臭いが残っていた。
「この臭いって」
直が気付く。
「行ってみるか」
僕達は懐中電灯を持って、臭いを辿る事にした。
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