第361話 心霊特番・人魚(2)江戸の娘

 臭いを辿ると、あの洞窟に続いていた。それで、洞窟に飛び込む。

 と、奥の階段を上がろうとしている小柄な人影があった。

「あ!待て!」

 上に逃げようとするその人物の肩を掴むと、何かズルリと剥けるような感触があり、臭いが一層強くなった。そして、その人物が階段の下へ倒れ込む。

「この、人よ。妖怪」

 美里は鼻を押さえながら、その人物を指さす。

「旅館で部屋を覗いていましたよね」

 訊くが、喋らない。

「失礼します」

 一声かけて、パーカーのフードをとる。ヒッと声を上げたのは、誰だったのか。

 頭髪はまばらで、残ったものは全部白髪だ。そして頭や首は骨が所々のぞいたようになっており、骨の見えない所は、腐った肉に覆われている。

 これは、生きている人間か?そんな疑問が沸き起こる。

 それはゆっくりとこちらを向いた。

 顔の肉も腐っており、白く濁った目が、垂れ下がった肉の間から美里やえりなさんを見ていた。

「ううう……羨ま、しい」

 這うように、進もうとする。

「い、いやあっ!」

 えりなさんが泣きそうな声を上げた。

「人魚のせいで……人魚に、騙された……」

 僕と直は顔を見合わせた。

「人魚が?あなたは、網元の家の人ですか?」

 男か女かもわからないそれは、僕を見上げ、それからまた、美里を見た。

「娘。もう、ずっと、昔の。佐那」

 皆、首を傾げながらも、距離を保ったまま聴いている。

「若くて、あんな風に、きれいだった。それで、永遠に、きれいでいたいと。

 そんな時、ここに、人魚が来た。嵐を、避けに。

 それで、そのうちの、一匹を、食べた」

 揃って、前の海の方を見た。暗くて何も見えないが、波の音は大きく響いていた。

「確かに、死なない。でも、体は、老いて、腐って、肉が落ちて」

 佐那が右手で左腕の袖をめくると、腕の肉はなく、骨だけになっていた。

「こんなになっても、死ねない。

 あんな風に、きれいに、戻りたい。ダメなら、死にたい。殺して」

 佐那さんは美里を見ながら血を吐くように言い、次いで、僕を見上げた。

「あなたが人魚を食べたのは、かなり昔ですか」

「富士が、噴火した、年」

「江戸時代か。それからずっと、ここで、家族や子孫に匿われて?」

 佐那さんは、頷いた。

 その時海の方から、ザバザバと水音がし、生臭い臭気がした。

「我を喰った罰」

 ギチギチと歯を鳴らしたのは、嗤っているのか。バサバサの髪をした、上半身がヒトで下半身が魚の生き物の霊が、洞窟の前の道に身を乗り上げていた。他にも数匹、こちらはまだ生きているのが、海からこちらを見ている。

「人魚!?」 

 ロマンとかメルヘンとかにはほど遠い姿だった。

「おのれぇ――!」

 佐那さんがそちらへ目を向ける。

「騙してはいない。不死を願ったのはお前だろう」

 ギチギチギチ。

「お前こそが、我を騙した。嵐をここで避けたらいい、珍しい物を見せると言って、好奇心旺盛なのをいい事にここへ呼び、捕まえて、殺して、食った。

 これは怒り、呪いだ」

 ギチギチギチ。

「悪かった。だから、もう、殺して」

「知らんな」

 人魚たちはギチギチと嗤う。そして霊の人魚は佐那さんの近くまで空中を泳ぐ様にして寄り、佐那さんの顔を覗き込んだ。

「朽ち果てる事もできず、そのまま永遠に生きるがいい。望みのまま」

 佐那さんは、

「ああああ……!!」

と絶望の声を上げ、号泣する。

 騒ぎが聞こえたのか、上から住人が下りて来て、腰を抜かして階段に座り込んだ。

「死にたい、死にたい、死にたい――!」

 ギチギチギチ。

 洞窟内に、泣き声と嗤い声が響き渡った。



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