第355話 ドッペルゲンガー(4)うらやみ

 一卵性の双子以上にそっくりな2人は、互いに相手をよく見ていた。

「生き別れの兄弟かな?」

 宇原さんは面白そうに言い、ドッペルは、

「さあ、どうだろう」

と、こちらは舌なめずりしそうな顔付きで言った。

「初めまして」

 言いながら、僕は片手を出して近付く。

 握手した瞬間、相手とつながって、視る。

 走馬灯のように、色んな顔、時代が浮かぶ。そうか。これがドッペルゲンガー。

 手を振り払われて、距離を置かれる。

「お前――!?」

「霊能師の御崎 怜だ」

 ドッペルは、警戒心一杯にこちらを睨みつけている。

「ドッペルゲンガーの正体がわかったぞ、直。自分からの逃避、他者への羨みで、次々と人を乗り換えて行く化け物だ。ターゲットを決めたらその相手の姿になって徐々に慣らしていき、やがて相手に乗り移って乗っ取る。

 飽きるか次のターゲットを見付けたら、それまでの体を捨てて次のターゲットに擬態して、また乗っ取る。

 昔は捨てた体の主が、放り出されて死んでしまうこともあったが、今は医学の発達で、記憶の欠損くらいで済むようになったのかな。

 それとも単に乗り移ってた時間が短かったせいで、その程度で済んだのかな」

 ドッペルが、驚いたような表情を浮かべた。

「ふうん。じゃあ、今まで延々とそれを繰り返して来たのかねえ?」

「今視えた最初の記憶は、死刑を待つ人だったな」

 ドッペルは歪んだ笑みを浮かべ、身構えた。

「強盗殺人。強欲なじじいを殺して、ちょっと金をいただいただけなのに。死んだらそれまでだろ?俺達使用人にはドケチなくせによ。戦後の混乱期で、どうにかなると思ったんだけどなあ。

 何で俺は貧乏人の倅なんだ、こいつみたいに学校へ行って、まともに育っていれば。

 看守を見ながらそう牢屋で毎日思ってたら、気が付いたらこういう風になってたんだよ。それからは、金持ち、色男、偉い人、色々と渡り歩いて楽しんで来たよ。おかげさまでな」

「次は俺なのか?」

 宇原さんが自分を指す。

「ああ。金持ちのぼんぼんで、苦労知らず。女にももてて、楽しそうだ。

 この前のは、意外と大変だった。東大医学部でそこそこ顔も悪くないと思ったのに、授業は多い、バイトしないと金はないのにその暇もない。失敗だったな」

 簡単に言って、宇原さんを見つめる。

「自分のした事は自分で責任を取るべきだったな、ドッペル。逃げ続けの人生も、そろそろ終わりだ」

 僕は、ドッペルに宣言した。

「乗っ取られた方はたまったもんじゃないよねえ」

 直も、札を準備する。

「まだまだ俺は――!」

 ドッペルの足元に直の札が飛んで貼り付き、ドッペルの体の表面が解けたようになって、銀色の水銀の塊のようなものに変わる。

 と、反撃のつもりなのかこちらに伸びるように飛び掛かって来る。

 刀で斬るが、水を斬るように、すぐにくっついてしまう。

 なので、右手を突っ込んで吸収し、コロンとした丸い銀色の固い塊にして出す。それをすぐに、直の札で包み込んだ。

「よし、OK」

「怜、無茶するねえ」

 直が少し咎めるような顔を向けて来たが、謝って済ませる。

「これでもう大丈夫だと思います」

「……はっ」

 宇原さんは、目の前で起きたこれらの事をどう受け止めたのか。しゃがみこんで乾いた笑いを浮かべると、僕達を見た。

「驚いたな。ドッペルゲンガーってやつだろ?聞いた事はあるけど……はあ。

 俺がそんなに羨ましいかねえ。俺ならよっぽど、あんたの方が羨ましいよ」

 宇原さんの体が、ぞくりとする重い気配をまとった。が、それ以上にはならず、散る。

「他人が良く見えても、何かしらのマイナスはあるものです。だからこの人も、ずっと長い間、逃げ続けて、きりがなかったんでしょう」

「人は自分の人生を生きるしかないですよねえ」

「妙な事をしても、結局こうなる。僕達が祓いますよ。何から逃げてもね」

「はい。逃げ切る事は、できないもんですよねえ。自分自身からは」

 だから、おかしなことを考えるな。

 宇原さんはゴクリと唾を飲み込むと、慌てて立ち上がって、

「じゃあ」

と、逃げるように立ち去った。


 ドッペルのなれの果てを協会に持って行って、経緯を説明する。

「それじゃあ、誰もがドッペルゲンガーを生み出す可能性があるというのか?」

「まあ、それなりに強い思いとか、霊力とか、条件はあるんでしょうけど」

 支部長は大きく息を吐いて、その成れの果てを眺め、頷いた。

「わかった。ご苦労だったな。この件はすぐに、資料として加えておこう」

「はい」

「それと、今年も例のテレビの依頼が来たぞ。2人でよろしくな。詳しくはプロデューサーに連絡してくれ。連絡先は知ってるだろ」

「知ってますけど……ああ、またあれか」

「楽しいけど、程度が問題だよねえ」

「ああ、面倒臭い」






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