第354話 ドッペルゲンガー(3)新たなドッペル

 宇原さんに会った翌日、田部さんが過労か何かで倒れたと聞き、入院している病院へ行った。

 顔色は悪くない。ただ、倒れた時に頭でも打ったのか、ここ数日の記憶が無いそうで、依頼取り消しやそっくりな程似ている従兄弟なんて知らないという。

 心配は要らないと言って、僕達は病院を出た。

「ドッペルが何かしたな」

「ドッペルって何だろうねえ」

 暑い日差しを避けて歩いているうちに、そこが、宇原さんの通う私学だと気付いた。

「あ、ここって」

「うん。学生の服とかが、流石、いいとこの子だねえ」

「うわあ、高そう」

「駐車場に高級車がいっぱいだよう」

「学生の車か、本当に」

 小声で言い合いながら、見物して通り過ぎる。

 と、呼び止められた。

「御崎 怜と町田 直だ」

 宇原さんだった。こちらを指さしている。

 指さしにフルネーム呼び捨てか。

「あ、ごめん、ごめん。テレビで見て。それに、学校でも時々。

 宇原悠也です。昨日も実は、隣にいたんだ。いやあ、お近づきになりたくて」

「はあ、どうも。御崎です」

「町田です」

 僕達は挨拶した。

「何かお困りごとでも?」

「いいや。ただ、有名人だし、あの霜月美里とも仲いいから、俺も仲良くなれたらいいな、と思って」

 随分と正直なやつだ。

「霜月さんは番組で一緒になっただけですよ」

「ボク達も一般人だしねえ」

 警戒心が湧く。

「ははは!昼食はまだ?よかったら一緒にどう?」

「せっかくですが、これから仕事があるので」

「そう。じゃあ、またの機会に是非」

 そう言って、宇原さんは去って行った。

「美里ファンか」

「合わないと思うけどなあ……」

「うん。美里が確実に嫌いなタイプだねえ」

 見送って、歩き出す。

 と、見覚えのある人物が歩いていた。今、反対方向に歩いて行った、宇原さんだ。

 一瞬目が合ったが、スイッと逸らして、前髪をかきあげながら校内へ入って行く。

「怜、今の」

「ああ。新たなドッペルかな」

 また、面倒臭い予感がした。


 霊能師協会の資料をあさり、知り合いに聞いても、ドッペルゲンガーの対処法はわからなかった。根拠のない都市伝説だと言う者もいるくらいだ。

「ドッペルゲンガーってなんだろうな」

 そこからわからない。

「田部さんに、何が起こったかわかればなあ」

「記憶がないんだもんねえ。憑依みたいなもの?」

「じゃあ、霊みたいなものか?」

「それらしい感じはしなかったしねえ」

 唸って考え込む。

「とにかく、次は宇原さんみたいだしな」

「まあ、田部さんは死ななかったけど、宇原さんがどうなるかはわからないしねえ」

「何とか気を付けないとな」

 僕と直は、心から途方に暮れた。


 翌日の放課後、学校を出たら待ち伏せされていた。

「一体、何を」

「通りすがりよ」

 霜月美里しもつきみさと、若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。

 番組で知り合ってから連絡を取り合うようになり、今年に入ってからは、高校時代の友人、エリカとユキとも一緒に旅行に行くくらいの仲になっているようだ。

 どう見ても通りすがりは見えないが、まあいい。

「プロデューサーから話があると思うけど、また例の番組よ。来るでしょ」

「心霊特番かあ。どうしようかなあ」

「何でよ」

「顔を知られた警官ってどう思う?まずいだろ」

「今更じゃない?」

 美里はフフンと笑い、僕と直は苦笑した。

「もっとインパクトのある霊能師を送り込んで、イメージを薄れさせようかと思ったんだが……」

「諦めって言葉、知らないの?」

 僕は、失敗したかなあ、と思った。

「今度は日本で、メンバーは同じ。スタッフもほぼ同じらしいわよ。それでプロデューサーが、協会に、お勧めのロケ地があればって今頃訊いてると思うわ」

「ふうん。青木ヶ原の樹海は見ごたえがあったけど、ちょっとなあ」

「まずいねえ。北海道の樹海はどうなんだろうねえ?」

「樹海巡りか」

「それ、怖そうね。嫌だわ」

「じゃあ、本物が出ると噂の全国の遊園地巡り」

「それも怖いじゃないの」

「怖い所に行かないと、意味がないだろ」

「程度ってものがあるでしょ。本命以外の所で霊を拾って凄く大変な目に遭うの、禁止だからね」

「いやあ、それはその時になってみないと……なあ」

「だよねえ」

 言っていると、聞いた声がする。

「霜月美里――!?」

 宇原さんが、立っていた。

「初めまして。あの――」

 ウキウキと美里に急接近して来る宇原だったが、美里はツンとして言った。

「プライベートよ。大声出さないで。それと、呼び捨てってどうかと思うわ。犯罪者じゃないのよ」

「は、すみません。あの、ファンで――」

「じゃあ、用件はそれだけよ。またね」

 美里は宇原さんを完全に無視して、背中を向けた。

「あ、ああ。またな」

「じゃあねえ」

 宇原さんは、呆然とそれを見送っていた。王子様的にはショックだったのだろうか。

「ええっと、宇原さん。今日は、サークルですかぁ?」

 直が話しかける。

「え?ああ。いや、君達に会いに。飲みにでも行かないかと。

 それより、やっぱり、霜月美里と仲いいんじゃないか」

 呼び捨てをやめろと言われたのに、懲りないやつだ。

「次の仕事の件で、ちょっと話をしていただけですよ」

 ちょっとイライラしながらも3人で歩いていると、ふと、それを見て足が止まった。

「うわあ。俺そっくり」

 宇原さんのドッペルが歩いて来て、僕達の前で足を止め、前髪をかきあげてニヤリと笑った。





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