第353話 ドッペルゲンガー(2)似た人
とにかく知人に、「田部さんを見かけたら今どこにいるかメールして欲しい」と頼む。
だが、学部も違えば学年も違う。時間割が違えば、なかなか、難しい。僕達も、一日中部室にいるわけにはいかないし。その上、行ってみたら本人だったり。
「本当にいるのかねえ、これ」
「いつもいるわけじゃないのかも知れないしな」
僕と直は、メールにあった場所へ急ぎながら、そう話していた。
「いた。あれだねえ」
田部さんが、生協から出て来るところだった。
果たして今回はどちらだろう?
まず足を止め、前髪をかきあげるようにしてから、歩き出す。
「見た目ではわからないな」
「そうだねえ。じゃあ、次で」
すれ違ってから呼び止める。
「あの」
「はい?」
振り返ったその田部さんに、ハンカチを差し出す。
「落としませんでした?」
田部さんはハンカチを見て、
「いや、ぼくのじゃないよ」
と言いながら、前髪をかきあげ、踵を返して歩いて行った。
「ドッペルだな」
僕は自分のハンカチをしまいながら、後ろ姿を視た。
「ボク達の事、全く知らない感じだったねえ」
「ううん。わからないなあ。別におかしなところは無いな、記憶以外」
「多重人格と言われたら納得するくらいだねえ」
さりげなく後をついていきながら、観察する。
と、横合いから声がかかった。
「御崎君と町田君」
田部さんだった。
「何してるの」
「今、田部さんを」
前を向くと、田部さんのドッペルが廊下の角を曲がるところだった。急いで、追う。
「あれ?」
隠れるところもない、ただの真っ直ぐな廊下で、田部さんのドッペルは消えていた。
「間違いないな」
「そうだねえ」
困った。対処法がわからない。
疑問を浮かべた顔つきの田部さんを前に、僕達は頭を悩ませた。
しかし、翌日、事態は変化した。
部室を訪ねて来た田部さんは、依頼金と焼き菓子の箱を差し出して言ったのだ。
「勘違いだったよ。お騒がせして申し訳ない。これ、依頼金と、良かったら食べて」
南青山の、もの凄く高い店の物だ。
「勘違いとは?」
田部さんは前髪をかきあげながら、
「従兄弟だったよ。ぼくは会ったことが無いから知らなかったんだけど、ここに進学していたらしいんだ。元々似ているのが、向こうが整形したら偶然もっと良く似た顔になったらしくてね」
と言って苦笑した。
「そうだったんですか。偶然って怖いですね」
「全くだよ」
笑いながら、田部さんはコーヒーを飲んで、帰って行った。
「従兄弟?偶然そっくりに整形?あるかよ、そんなもの」
「でも、尻尾を掴まない事にはどうもできないしねえ」
僕達は唸って、取り敢えずは、部員が集まったのでもらったお菓子を開けておやつにした。
それ以降、時々校内で田部さんを見かけ、何となく話しかけるようになった。今も、一緒にコーヒーを飲んでいた。
「医学部も大変そうだねえ」
「そうなんだよな。授業は多いし、実習も多い。遊びまわってるイメージだったんだけどな」
田部さんはそう言って、溜め息をついた。
「法学部も大変で有名だけど、大変?」
「それは、もう」
僕と直は頷き、3人で溜め息をついた。
その時、近くのテーブルに7人グループが来た。
男2人に女5人で、全員テニスのラケットを持っている。
「経済学部の
田部さんが言う。
「プリンス?」
「家がお金持ちの次男らしいねえ。小学校からずっと私立に内部進学で通ってる生粋のお坊ちゃまで、うちのテニスサークルとは合同でよく練習とかするらしいよ。今日もそうだったんだねえ」
「へえ」
直は相変わらずよく知っている。
「お金持ちの気楽な次男坊で、顔もいいか」
田部さんは真剣に言って、前髪をかきあげると、笑った。
「羨ましいね、全く」
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