第352話 ドッペルゲンガー(1)見ちゃった

 ドッペル。ドイツ語で、コピーの事だ。自分そっくりなもう一人を見たら死ぬ、などとも言われているが、医学的には自己像幻視と呼ばれ、側頭葉と頭頂葉の境目に脳腫瘍ができた患者や、片頭痛の原因となる脳内血流量の変動による脳機能低下でも、もう一人の自分を見ると言われている。

 しかし、それだけだろうか。

 確かにそういう脳機能的なものが原因になっているケースもあるだろう。だが、それで説明のつかないケースがあるのも、また、事実だ。

「ドッペルゲンガー、ですか」

 僕は、自習中のノートを横へやって、部室に駆け込んで来た学生を見た。

 御崎みさき れん、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「詳しくお伺いしましょうかねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「俺そっくりなやつと、今、会っちゃったんだよう!食堂で!俺死ぬの!?」

 おろおろとして、テーブルに乗り出すようにして、彼が言う。

「まずは、どうぞ」

 宗がハーブティーを出してやる。

 水無瀬宗みなせそう。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。霊除けの札が無ければ撮った写真が悉く心霊写真になってしまうという変わった体質の持ち主だ。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しく面倒見のいい男だ。

 依頼人はハーブティーを飲み、深呼吸した。

 田部勇人たべゆうと。医学部の学生で、高校まで陸上で鍛えて来ただけあって体格が良い。

 いきなり部室に血相を変えて飛び込んできて、

「ドッペルゲンガーが出た!助けてくれ!」

である。

「詳しくお願いします」

「食堂へ飯を食いに行ったんだけど、前から来たやつが、俺だったんだ。びっくりして、ただ見送って、それから慌ててここへ」

 田部さんは言って、ハーブティーをもう一口啜り、溜め息をついた。

 その時、ドアを開けて、後輩が入って来た。

「こんにちはーっ!」

 高槻楓太郎たかつきふうたろう。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。小柄で表情が豊かな、マメシバを連想させるようなタイプだ。

 そして、反射的にそちらへ目を向けた田部さんと目が合う。

「あ、先程はどうも。なんだ、お客さんだったんですね」

「え?あ……と?」

 田部さんが、中途半端な顔で首を傾ける。

「あれ?でも、いつの間に着替えたんですか?それに、どうして着替えたのにぼくより早く着いたんです?

 あ、双子ですか?」

 楓太郎が首を傾け、部室内は、シーンと静まり返った。


 豚の西京焼きを食べ、兄がうんうんと頷く。

「いい味だな」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。

「それに、だし巻き卵、ふわふわ!」

 冴子姉は、だし巻き卵を嬉しそうに食べる。

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

 大根おろしとじゃことねぎをポン酢で和えたものを添えただし巻き卵、豚の西京焼き、小松菜と桜エビとしめじの煮物、豆腐とわかめの味噌汁。

 今日の冴子姉のお昼ご飯は、豆腐ハンバーグとブロッコリーとりんご、大豆とひじきの煮物、鮭と青じそのおにぎり、ミニざるそばだったし、おやつはナッツとビーフジャーキーだったので、バランス的にはどうだろう。

「それで、ドッペルゲンガーってどうなんだ、実際」

「うん。医学的にはそういう脳機能の低下でも起こると言われているが、他人にまで目撃されて、会話までしたらもう、それじゃあ説明がつかないしなあ」

 楓太郎は、部室に来る途中でカバンをぶちまけ、それを通りすがりの田部さんのドッペルに拾うのを手伝ってもらったらしい。

「とにかく、現物というか、ドッペル本人というか、それに会ってみない事には何とも言えないな。明日から、どうにか探してみるよ」

 僕は言いながらも、まだ、どう捉えるか決めかねていた。





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