第351話 ファントム(4)双方向のブラコン

 霊は高速でこちらに迫り、マジックミラーをすり抜けて兄に入り込もうとする。

 勿論、そんな事はさせない。弾き飛ばしてやると、霊は取調室へ転がるように逃げた。それを追って、隣へ乗り込む。

「僕の兄ちゃんに何をするっ!」

 状況を把握できていない取調官や書記が、目を白黒させている。

「兄ちゃん?くそぉ。どいつもこいつも……!何が兄弟だ!甘ったれんな!」

「お前だけには言われたくない!」

「れ、怜」

 直が説明したのだろう。向こうにいた全員がこっちに来た。

 霊が大迫の怒りのせいか、濃くなり、実体化する。

「ひえっ!?」

 取調官達は、驚いて立ち上がった。

「下がって下さい」

 言うより先に、霊が兄に襲い掛かる。それを右手に出した刀で軽く斬る。

「祓ってもいいですか、もう」

「OK、怜君」

 徳川さんが軽くOKした。

「んじゃ」

「やられるか!母さん!」

 再度かかってくる霊に斬りつけ、祓う。

 が、同時に大迫がボールペン片手に僕に迫って来ていた。

 だが、刀は長くて机が邪魔だ。

「あ」

 しかし次の瞬間には、大迫が痛そうな音を立てて床に叩きつけられていた。

「うちの弟に何をしてるんだ、この野郎――!」

「兄ちゃん!」

 兄が怒りの形相で、大迫を投げ、床に這わせて踏みつけていた。

「うわあ……」

 誰かが洩らした。

「ま、まあまあ。ケガもなかったし、ね」

 取調官が宥めて、震える大迫を立たせ、椅子に座らせる。

「当然です。ケガでもさせていたら、この程度で済むわけがないでしょう」

 兄が堂々と言い切った。

「今、霊を使って襲わせようとしたな。こうやって、憑依させて、操ったのか」

 取調官が訊くと、大迫は力なく認めた。

「はい」

 取調官が、とても優しい人に見えているのかも知れない。

「あの霊、母さんって呼んでたな。母親か」

「はい。先々月病死して、来たんです。それで、母さんのせいだから責任取って手伝えって言って……」

 大迫は、すっかり素直になっていた。

 霊もいないし、心配はない。僕達は、取調室を出た。

 廊下へ出ると、警備部の管理官は溜め息をついた。徳川さんは面白そうに笑う。

「いやあ、ブラコンは健在だねえ。結婚しても」

 兄は、何を言っているんだという顔で、返す。

「妻は妻、弟は弟です」

「清々しいな、御崎君」

「あはははは」

「でも、怜。今のは危なかったぞ。エンピツでもキーホルダーでも攻撃はできるんだから、最後まで気を抜くな。いいな」

「はい」

「徳川さん、こんな感じですか、いつも?」

 警備部管理官が訊く。

「まあ、概ね。ねえ、直君」

「平常運転ですねえ」

「ああ、そうなんだ……」

 何か、不本意な視線を感じるが、まあいい。今日も兄ちゃんはカッコ良かった。流石は兄ちゃんだ。


 兄と直と並んで帰りながら、大迫の話になる。

「まあ、素直に自供を始めてよかったな」

「次は、その元ガールフレンドも襲う気だったんだよねえ」

「自己中心的にも程があるが、家庭も元々、会話とかが足りない家だったようだな」

「でも、お母さん。家を出たものの、気になってたんだな」

「それをいい事に、困ったヤツだよねえ」

「全くだ。でも、負い目を感じていたとしても、親なら、子供が間違ったことをしようとしていたら止めるべきだろうに」

 はた迷惑な自己中心的甘えと逆恨みで、今回は大事件だ。警察を相手取ったテロかと警戒したのだし。

「それより、警官とか自衛官は、本当に、霊から身を守れるように札を全員持つべきだな。早速、上にレポートを上げておいた」

「何かあったら大事になるからねえ」

「札、何枚いるんだろう」

「……全霊能師総出で作っても、かなりのノルマだねえ」

「……でも、いい加減には作れないしな。直、稼ぎ時だぞ」

「うっ……」

 直は想像して、呻いた。

「そうだ。怜も、対人の護身術とか狭いところでの対処法とかを習った方がいいな」

「う、まあ、そうだね」

 言っていると、電話がかかって来た。

「あ、支部長。――は?いえ……はい……ええええっ!……う、はい」

 力なく電話を切ると、兄と直が訊いて来る。

「何だって?」

「取調室に乱入したの、明日説明しろだって。ああ、面倒臭い」

「ボクも付き合うよ」

「あれは仕方が無い。兄ちゃんも行ってやるぞ。元気出せ」

「うん」

 でも、あれだな。やっぱり兄ちゃんは、僕のヒーローだな。

「何笑ってるんだよぉ?」

「え?別にぃ?」

 兄ちゃんがいて、良かった。




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