第350話 ファントム(3)幽霊使い

 例の若い男は、大迫英吾おおさこえいご。大学在学中に事件を起こし、退学。現在は無職で、自宅でブラブラしている。

 母親は大迫が小学校の時に家を出て行き、離婚。医者の父親と同じく医者の兄との3人暮らしだ。

「おお、憑いてる、憑いてる」

 僕と直は、離れた所からそっとそれを確認した。

「あの霊ですよ」

「真犯人だねえ。

 でも、そうなると、大迫は霊能師の素質があるのかねえ?」

「霊を使役してる所を見ると、そうなのかなあ」

 2人で首を捻っていたが、徳川さんが、

「とにかく、容疑者だね。後は証拠を詰めないとね」

と言い、電話をかけ始めた。

 霊に気付かれてはまずいので、僕達はそこを離れた。

「霊が大迫を操ってるって事はあるかな」

「霊の目的がわからないねえ、それじゃあ」

「だよなあ」

 やっぱり、大迫が霊を動かしているのだろうか。

「霊が部下なら、給料とかいらないな」

「密かにライバル会社に侵入して、パスワードを盗むとかぁ」

「思い通りに契約を交わせるかもな、憑依をさせれば」

「凄腕ヒットマンにもなれるねえ」

「素行調査とかも簡単だぞ」

「……霊を使う会社って、いいかもねえ」

 バカバカしい事を考えてしまったが、悪用すればできるという事になる。霊が言う事をずっと大人しくきくのなら。


 爆発物の材料を買い集めていた事はすぐにわかり、事情聴取と家宅捜索を行う事になった。

 霊を暴れさせる可能性があるので、僕達も同行し、聴取の際は、近くに待機する事になる。

 初めは余裕を見せていた大迫だが、家宅捜索と聞いて慌てた。

「やめろよ、お前ら!おい、あいつを――」

 霊に何かを命じようとしたが、全員に憑依させない札を持たせているので、その手は使えない。

「では、詳しい事をお伺いしましょうか。警察で」

 大迫は、

「俺は悪くない!」

などと喚いていたが、パトカーに乗せられたら諦めたのか、ブツブツと俯いて呟き続けるだけになった。

 大迫の父親と兄は、近所の目を心配していたが、大迫に関してはサジを投げているという感じだ。

 取り調べが始まっても、大迫はただ黙秘していた。霊は傍にいるが、いるだけだ。

「爆発物の材料を買った証拠も残っているし、部屋にもあった。火薬の成分も完全に一致している。いくら黙っていても、言い逃れはできないぞ」

 取調官が丁寧だが鋭い目で言うと、大迫は、

「わああああ!!」

と喚いて、頭を抱え込んだ。

「俺は悪くないのに、あいつらが逮捕なんかするから、俺は退学になって、就職もできない!お前らのせいだ!」

 ウンザリとさせられるが、一応は口を開いた事は前進なのだろうか。

「大学時代に、女の子をレイプした事か」

「違う!付き合ってたんだからいいんだ!それに俺は脅してない!」

「そんな理屈は通らんだろうが。部屋に2人きりになって鍵をかけて迫ったら、それは脅してるんだよ――!お前言ったんだろ。俺の親は誰か知ってるよなって。それは、脅しだ」

「違う!」

「じゃあ、もし今俺がこの部屋の鍵をかけて、『吐かなかったらどうなるかわかってるんだろうな』と言っても、脅しじゃないんだな?」

「それは脅しだ!弁護士に言うぞ!」

「どこまでも勝手な理屈だな、おい」

 取調官は溜め息を押し殺して、それでも、大迫に喋らせようとする。

「それで、腹がたったのか」

「そうだ!」

「現場に駆け付けた警察官に、復讐してやろうと思ったのか」

「そうだよお!!あの警官も、あの女も!俺がこうなったのは母親が出て行ったからだ!無関心な父親と偉そうな兄貴のせいで!俺は!」

「甘ったれんなよ――!」

 隣の部屋で聞いていて、呆れ果てた。

「自己中心的だなあ」

「何でも他人のせいとは恐れ入るねえ」

 怒りまくってわんわんと泣き出した大迫の横で、霊が、寄り添っている。

「なあ。ところであの霊は何だ?」

「上司と部下にしては、どうも、ねえ」

 首を捻る僕達の横で一緒に取り調べを見ていた徳川さんと警備部の理事官は、

「まあ、証拠も固まったし、問題は無さそうですね」

と安堵の面持ちで、今後の予定を話し始めていた。

「霊も、今の所は大人しいな。まあ、札を持っている人で周りを固めてるしな」

「どの段階で祓うんだろうねえ?」

「どうだろう。一応、霊からも事情聴取するのかな」

 振り返ると、徳川さん達は頭を掻いて笑った。

「霊に事情聴取かい?まあ、悪くはないけどね、それも」

「裁判所が認めるかなあ」

 違いない。

 その時、ふと、霊が頭を上げた。

「お前らみたいに、恵まれたやつらにはわからないよぉ」

 泣いていた大迫は、霊が耳元でヒソヒソと囁くのに、顔を上げて耳を澄ませた。

「確保したんだって?」

 兄が、入って来た。

「あ、兄ちゃん」

 その途端、大迫が立ち上がって、嬉々として叫んだ。

「警察官なら誰でもいい!やってしまえ!!」

 霊が、こちらに高速で迫って来た。






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