第349話 ファントム(2)あやつる
パトロールが強化され、警邏課員はパトカーで巡回していた。
「幽霊が見えたら捕まえられるけどなあ」
「ああ。見えないからなあ」
半分困惑しながらも、取り敢えずは不審者がいないかと目を光らせる。
おかげで、空き巣とひったくりは検挙できた。だから、無駄ではない。
「ファントムというからには、あの幽霊が犯人かな」
「どうだろうなあ。ううん」
首を捻りながら、目は油断なく車外に向ける。
「あの巡査、顔見知りだって?」
「ああ。以前、あの交番にいたんだ。組んだこともあるよ。本当に近所のおまわりさんって感じで、近所と距離が近い交番でさ」
「へえ」
「あ……?」
「どうした?」
ハンドルを握っていた相棒が「あ」と声を上げたので、彼は周囲に目を凝らした。だが、怪しい人物は見当たらない。ゆっくり歩く若い男、手押し車を押すお婆さん。どちらも、普通だ。
「おい、何だ?」
運転席に目を向け、ギョッとする。表情を失い、目の焦点をボンヤリとさせ、それでクラッチを切り替えてアクセルを踏む。
「おい!?」
このまま行くと、お婆さんにぶつかる。
彼は手を伸ばしてハンドルを掴み、思いっきり切った。
車はカーブして進み、スピードを緩めることなくガードレールにぶつかった。
「……あ?」
「おい、大丈夫かよ!?」
「え、俺……あ、今、声がしたんだ。女の声で『ごめんなさい』って。それから記憶がない……」
運転席の相棒は、青い顔で答えた。
連絡を受けて、僕と直は、事故現場に急いだ。
パトカーの事故とあってか、野次馬ができている。
「ケガはありませんか」
「はい、大丈夫です」
彼らは、緊張しきっていた。
「声を聞いたという話ですが」
「はい。女の声で、『ごめんなさい』って」
片方が青い顔で答える。
「ゆ、幽霊でしょうか」
「多分、そうですね」
2人の警官は、周りを慌てて見廻した。が、霊は今ここにはいない。
「ドライブレコーダーに何か映ってるかな」
「映ってるといいんだけどねえ」
メディアを抜いて、別のパトカーで、ノートパソコンで再生する。僕と直、陰陽課員の刑事、事故に遭った警官2人で、ひしめき合いながら見た。
「あ」
女がすうっと現れて手前に消える。この後、運転していた警官に憑依したのだろう。車は歩行者に寄って行き、クイッと向きを変えてガードレールにぶつかるとガガガッと車体をこすりながらもう少し進む。
フロントガラスの向こうに、驚いた顔のお婆さんと、ニヤニヤ笑う若い男が映り、映像は途切れた。
「間違いなく霊だねえ。この前の」
直が言う。
「ああ。
それより、この男、何で笑ってるんだろ?」
「パトカーが事故って、面白かったんじゃないですか?」
陰陽課員が言うが、運転していた警官が、何かを思い出したような顔をした。
「こいつ、以前逮捕したやつですよ」
「え?」
「交番勤務の時、この前爆破事件に遭ったあいつと一緒に」
ガバッと、皆が彼に向き直る。
「詳しく――!」
「え、ええっと、深夜交番にいたら近所の女性が駆け込んで来て、ボーイフレンドに襲われたって言うんですよ。それで、自分と坂井田巡査とで女性の家へ行くと、こいつがいまして。付き合ってるんだから合意だとか、強制はしていないとか言うんですけど、どう聞いても強制性交なので、署に連行し、その後逮捕に至りました」
「詳しく調べてみます」
陰陽課員は張り切ってパソコンを抱えて言った。
「この男を直に視たいんですが」
「はい、大至急調べます」
陰陽課員と一緒に戻りながら、僕と直は、後部座席で考えていた。
「こいつが真犯人だとしたら、こいつは霊に憑依させて、人を操らせているって事になるのかな」
「幽霊使いかねえ?」
「今まで考えてなかったけど、警察官や自衛官は、憑依されないようにしておかないと危ないな」
「操られた場合、武器が手元にあったらまずいもんねえ」
「兄ちゃんにすぐ言おう」
「確かに、ぞっとしませんね」
運転席と助手席で、陰陽課員も体を震わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます