第348話 ファントム(1)ファントムからのメッセージ

 毎年梅雨入りした途端晴天が続くのはどうしてなんだろう、と思いながら、交番の入り口に立つ。小学校にも近いこの交番は、登下校の時刻は児童達が挨拶して通り過ぎて行くので、なるべく入り口に立っているようにしていた。新米巡査の時からの習慣だ。

「お巡りさん、さようならあ!」

「はい、さようなら。気を付けてね」

「お巡りさん、また明日あ!」

「はい、またね」

 手を振って通り過ぎて行く子供達に、にこにこと笑いかけながら挨拶を返す。

 と、2年生の男の子が走って来て、絵具で書いた小あじの図画を広げた。

「見て、見て!」

「お、上手に書けてるなあ」

「ゴールデンウイークに釣りに行って、サビキで釣ったんだよ。唐揚げにしたら美味しかった!あさっての日曜日に、また行くんだよ!」

「いいなあ。たくさん釣って来いよ。それから、気を付けてな」

「うん!」

 子供はにこにこと嬉しそうにしながら、手を振って彼の前を離れかけた。

 だが、不意に表情をすっぽりと落とした様な顔つきになると、フラフラとした様子で数メートル離れた所にあったトースターくらいのダンボール箱を持ち上げ、交番に戻って来た。

「どうした?」

 異様な雰囲気に何事かと思うが、箱を渡され、反射的に受け取ってしまう。子供の目は、焦点を結んでいない。

「おい、どうした?」

 しゃがみ込んで顔を覗き込むが、子供はボーッとしたまま、片手に握ったリモコンを肩の高さに上げた。

 警官は、それが何かはわからないが、とても嫌な予感がした。

 箱の中は何だろう。あのリモコンみたいなものは?

 何かを考えたわけではなく、勘に従って、箱を机の下に放り込み、子供を抱えて飛び出す。それと、背後から大きな音と衝撃が襲って来たのとは、ほとんど同時だった。


 交番爆破。規模以上に、交番をターゲットにしたというのに意味がある。

「小学生がテロねえ」

 御崎みさき れん、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「子供がテロって、どこの国の話だよねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 この事件は、新聞でもテレビでも、トップニュース扱いだ。

 だが、箱を運んだのも起爆したのも小学生という事で、勿論名前などは出ていないし、慎重な報道になってはいる。

 慎重なのは他にも原因がある。子供に、巡査に手を振ってから爆発後までの記憶が一切ないのだ。ショックのあまりに、と言うにも、警官の証言から、どうもおかしいと思われていた。

 そして、何よりもその映像が原因だ。

 それは偶々近所の人が、ビデオの試し撮りをしていて、警官と小学生の微笑ましいやり取りを見て何となくカメラを向けていたら、一部始終が写っていたというものだった。

 手を振った直後、小学生にふわあっと白い透き通った女が重なり、それと同時に小学生は表情が抜け落ちていたのだ。そして、爆発の後、女が離れると急に小学生は我に返り、一瞬パニックになった後、燃える交番と自分に覆いかぶさる警官に気付いて火が付いたように泣き出したのである。

 幽霊に憑依されて操られていたのではないか、というのは、ビデオを見た全員の意見だった。

 そして警察は霊関連事案として、霊能師協会に協力を依頼、それが僕と直に回って来、僕と直は、警察で提出されたビデオをモザイクなしに見て来たところだった。

「霊が映っているし、まあ、間違いなくあの霊がさせたことですね。

 でも、霊に爆弾の制作はできませんよ」

「それも操って、という可能性もありかあ」

 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視正。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

「そうなると、真犯人に辿り着くのは難しいですね」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。

 刑事局なので事件捜査にタッチはしないのだが、陰陽課トップの徳川さんが、仕事終わりの兄を見付けて、お茶に引きずり込んだのだ。

「地道な聞き込みと付近の防犯カメラが頼りだなあ」

 徳川さんは言って、コーヒーを啜った。

 公安と捜査一課と所轄署の刑事が、今も「警察に対する挑戦だ」と意気込んで走り回っているが、難しいかも知れない。

「あの子、トラウマとかにならないといいけどな」

「ケアは万全にしないとな。操られての事なら、あの子も被害者だ」

「うん。それにしてもあの警官、いい勘だな」

「そうだよねえ。ケガも打ち身程度で幸いだったよねえ」

「あの爆発が両手の中だったら、間違いなく2人共死んでたよ」

 僕達は不幸中の幸いと彼のファインプレーについて語り合っていたが、そこへ捜査員が飛び込んで来た。

「警視正、犯人を名乗る人物から郵便です!ファントムと名乗り、『終わりと思うな』と」

 徳川さんと兄の顔が引き締まった。

 おお、カッコいい!と、言ってる場合ではない。僕と直も、そのファントムとやらにどうすれば迫れるのか、真剣に考え始めた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る