第336話 ついてくる(4)老舗の大女将

 泥だらけで警察に行った僕達に、警官は何事かと慌てたらしい。

 だが、身分証明書を提示して話を進めると、交通課の課長は真剣な顔になり、すぐにスマホは鑑識に回された。

「残っていたらいいんですがねえ。

 しかし、面目ない。見付けられなかった」

「頭を上げて下さい。かなり離れた所の、しかも道祖神の祠の中でしたから」

「そんな所に?」

 それは僕達も初耳だ。

「奇蹟のように、スポッとはまったんだろうね」

「奇蹟ついでに、残ってないかなあ」

 真先輩と楓太郎が言い合う。

 と、すぐに、興奮して署員が走って来た。

「バッチリ映ってますよ!充電ケーブルを差したら、いけました!」

「おお、流石は道祖神の祠やな!」

「天網恢恢疎にして漏らさず、ですね」

 智史と宗も、興奮している。

「では、事件として扱ってもらえますね」

「はっ!必ず!」

「では今度は、僕達の方ですね」

「そうだねえ、怜」

 僕達は、車に戻った。


 畠山は、鼻歌雑じりにハンドルを握っていた。トロトロ走る車を煽って脱輪させ、交差点で抜かした単車を煽ってスリップさせて転がした。それで気分が良かった。

 そのまま自宅のガレージに車を入れ、外に出たところで、目つきの鋭い男達に囲まれた。

「何だ、お前ら」

「警察です」

「2ヶ月前の事故の事でお伺いしたい事がありましてね」

「そんな昔の事、忘れたなあ」

 言いながら畠山は逃げ道を探したが、車との間にも、門との間にも、男達が入り込んでいる。

「これでもお忘れですか」

 声がかかって玄関前を見て、ヒッと声を上げて腰を抜かしそうになった。

 ひしゃげた小型車に血塗れの男女が乗っており、畠山をじっと見つめていたのだ。

「おお俺は悪くない。遅い方が悪い」

「はあ?」

「イライラさせた向こうが悪い!」

「そんな理屈が通用するわけ無いだろうが――!」

「ゆ、幽霊の証言頼みか?」

「安心しろ。ちゃんと物的証拠もあるから」

 男は目を鋭くしながら、優しく畠山に囁いた。


 田ノ倉旅館の玄関を潜る。そこには大女将、女将、仲居、支配人が並び、

「ようこそお帰りなさいませ」

と一斉に頭を下げる。

「持田様。結婚の記念に当旅館をご利用下さいまして、ありがとうございます。70年前にもこうしてお迎えさせていただいた日の事が、懐かしく思い出されます」

 今は引退している大女将が頭を下げ、持田夫妻は目を見張った。

「まあ。覚えていて下さったんですの」

「もちろんでございます。奥様はお部屋の香炉を褒めて下さいましたし、旦那様はお部屋のお風呂を御気に入っていただけました。

 本日も、同じお部屋、同じお香をご用意いたしました。どうぞごゆっくりとおくつろぎくださいませ」

 大女将がそう言うと、持田夫妻は目を見交わしてにっこりと笑うと、

「ここに来て良かったわ」

「そうだね。ここは最高の旅館だ」

と言って、徐々に、消えて行った。

「無事に旅立たれました」

 それで、大女将一同が、

「行ってらっしゃいませ。またのお帰りをお待ちしております」

と、深々と頭を下げた。


 露天風呂に浸かりながら、僕達は話していた。

「上手く行って良かったですねえ、先輩」

「そうだな。でも、考えるよな。もしあれでスマホのデータが無かったらって。あの犯罪は表に出ないままだったかも知れない」

「そうだねえ。許してはいけないよねえ、そんな事は」

「何ができるのか、他にできる事は無いのか、考えないとな」

 しんみりした雰囲気を変えるように、智史が言う。

「そやけど、ここの旅館は確かに名旅館やわ。恐れ入った。うちもうかうかしてられんわ」

「智史先輩、やる気ですね」

「おう!負けてられへんでぇ」

「ははは。いい旅館が増えるのは嬉しい限りだよね」

「皆で旅行もええもんやな」

「合宿を思い出しますねえ」

「合宿?ほう。どんな」

「わかめの妖精とか、きのこの妖精とかですね」

「……どんな合宿行ったん?いや、心霊研究部やんなあ?」

 この夜も、後でこんな風に懐かしく思い出すのだろうか。そんな事を考えながら、賑やかに、夜は更けて行ったのだった。







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