第335話 ついてくる(3)証拠品

 直が、密かに札を準備する。

 持田さん夫婦は気配を強めながら、言い募った。

「後ろから来た車にあおられましてね。横に付けられて、ガードレールから押し出すようにして崖下に落とされたんですよ」

 話が違うぞ。

「単独事故ではなかったんですか」

「違う。他に通りかかる車も無かったから目撃者もいないし、防犯カメラも無いから、本人しか言えないがね。その本人も、片方はこの通り。もう片方は、逃げてそれっきりだよ。助けを呼ばないどころか、止まりもせずに行ったよ。

 おかげで家内は、動けないまま、しばらく苦しんで亡くなる羽目になった。私も辛うじて生きてはいたが、動けないし声も出ないしで、どうする事も出来なかった」

 苦しそうに顔を歪めて男性は言い、女性は目元をハンカチで押さえた。

「そうだったんですかあ……」

「まさか、そういう事故だったとは……」

 想像するだに、気の毒だ。

「でも今は、何を」

「煽って来る車は、許せない」

「だから、煽り返しているんですか」

「他に、何ができると言うんだ?」

 持田さん夫婦は、怒りを滲ませる。

 直に合図をすると、直が可視化の札をきった。

「おお」

 皆が、急に見えた車と持田さん夫婦に、軽く驚く。

「こちらは、田ノ倉さん。田ノ倉旅館の息子さんです」

「あ、はじめまして。ご予約ありがとうございます」

 田ノ倉さんは丁寧に頭を下げた。

「いえ、こちらこそ」

「とても素敵な旅館ですわね」

「ありがとうございます」

 持田さん夫婦は、にこにことしている。

「その田ノ倉旅館が、経営のピンチなんです。ここに来ると、霊の車に追いかけられて事故に遭うという噂が流れてしまって」

 僕が言うと、持田さん夫婦は、衝撃を受けたようにのけぞった。

「これは、とんだご迷惑を……。

 しかしこのままでは、私共も腹の虫が……」

 持田さん夫婦は悩んでいるようだったし、僕達も、何か手は無いかと考えた。

「煽られた末の事故っていう証拠があればいいんだけどねえ」

「ドライブレコーダーとか、付けてはらへんかったんですか」

 持田さん夫婦は、揃って顔を横に振った。

「スマホで動画を撮ってたりはしませんでしたか」

 宗が訊く。

「スマホ……撮ってたわね。でも、事故の時にどこかに飛んでしまったわ」

「警察に発見されていないかも知れない。見つけて提出すれば、事件として捜査されるんじゃないかな」

 真先輩が言って、僕達は一斉に10メートルほどの崖下に降りて、スマホ探しを始めた。


 暗くなり始めた頃、そこから30メートルは離れた所に飛んで行っていたスマホを、田ノ倉さんが見つけた。

「あった!!」

 勿論、電池は切れている。後は、水濡れや衝撃での故障の心配だ。

「大丈夫ですよ。故障していても、中のデータが残っていないとは限りませんから。販売店……いや、直接警察に持って行った方が早いのかな」

 宗が言うのに、楓太郎が勢い込んで同意した。

「行きましょう、今から。ね、先輩」

「そうだな。うん。

 というわけですから、持田さん。とにかく、煽り返しは中止して下さい。いいですね。同じような目に遭って悲しむ人を出す事は、良しとしないでしょう?」

「……わかった」

「では、警察の方はよろしくお願いします」

 持田夫婦は揃って頭を下げ、消えて行った。

「じゃあ、行こうか」

 僕達は、えっちらおっちらと、崖をよじ登り始めた。



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