第334話 ついてくる(2)坂道の車

 心霊研究会の部員が6人に田ノ倉さんを入れた7人で、田ノ倉旅館へと向かう。真先輩がお母さんの会社のワゴン車を借りて来てくれて、運転は交代だ。

 最初は皆遠足気分だったのだが、近付くにつれて、目的を思い出して気が引き締まる。

「この道を上がったところが旅館です」

 長い坂道の下から、上を見上げて田ノ倉さんが言う。

「じゃあ、行きましょうか」

 ハンドルを握っていた真先輩は、静かに車をスタートさせた。

 しばらくは何も起こらなかった。しかし、ふと気付くと、前に遅いスピードで坂を上る小型車がいた。霊だ。

「これですね」

「どうしよう?」

「ゆっくりと後をついて行って下さい」

 小型車に先導されるように、ゆっくり、ゆっくりと坂道を上り、上の旅館が見える所まで来る。するとその小型車は、すうっと消えた。

「消えたよ。これで驚いて事故に遭うのかな」

「何か、訊いてたのと違うなあ」

 真先輩と田ノ倉さんが首を捻る。

「もう一度行ってみましょうか。今度は、追い抜いてみましょう」

 再び、チャレンジする。

 小型車が現れた。今度はスピードを上げて車間距離を詰めてみる。

 すると、フッと小型車が消え、ワゴン車の後ろに突然現れると、ピッタリと貼り付いてくる。

「うわわわっ」

 真先輩は驚いて、車が軽く蛇行した。

「慌てなくていいですよ」

 小型車は、スピードを上げようがどうしようが、ピタリと貼り付いたようについて来る。あおり運転だ。

 真先輩はチラチラとバックミラーを見ながら、何とか上まで辿り着いた。

「ふう」

「お疲れ様です。事故の原因はこっちだな。

 直、あのカーブまで歩いてみないか」

「そうだねえ」

 僕が言うと直もすぐに乗って来、ついでに皆も付いて来るというので、車を駐車場に止めて、僕達は道なりに歩き出した。

 連続するカーブのいくつ目かで、強い気配を感じる。

 すると田ノ倉さんが、ああ、と思い出した。

「ここは確か、噂が出始める前に、事故があった所です。うちにご予約いただいていたお客様で、ガードレールを突き破って崖下に車が落ちて、御夫婦でいらしたんですが、お2人共お亡くなりに。結婚70周年の記念と仰られていたそうです」

「ああ……。お気の毒に……」

 誰からともなく溜め息のようなものが漏れる。

 僕と直には、さっきまで見えていた小型車がそこに停まっているのが見えた。運転席には温和そうな男性が、助手席には上品な女性が座っている。

「名前とかわかりますか」

「旅館に電話すればわかるんじゃないかな」

 田ノ倉さんは家に電話をかけ、少しして、電話を切った。

「持田様だそうです」

 田ノ倉さんの電話に出たのが誰か知らないが、調べて答えたという速さではなかった。覚えていたようだ。

「随分と返事が早かったようですが」

「うちにいらっしゃる途中で亡くなられたお客様なので、父も母も、覚えているみたいです」

 営業職の鑑だな。

 僕は、持田さんに向き直った。

「持田さん」

 呼びかけると、2人はこちらを見た。

「持田さんですね。ここで何をされているんですか」

 2人は顔を見合わせて、にっこりと微笑み合った。

「夫婦で旅行ですよ。結婚70年のお祝いに、新婚旅行で来たこの旅館へと思いましてね」

「とても感じのいい旅館でしたから。ねえ」

 楽しそうに、幸せそうに笑う。

「そうですか。ここで何があったか、覚えていらっしゃいますか」

 その途端、2人は笑顔を消し、女性は悲しそうにうつむき、男性は腹立たしそうになった。

「ええ、勿論です。勿論ですとも」

 彼らの気配が、濃く、強くなった。


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