第333話 ついてくる(1)温泉旅館

 霙が降りそうな寒空だが、心霊研究会の部室は、十分に温かかった。ついでに、熱いお茶もある。緊張の為か寒さの為か、固い様子だった相談者も、徐々にほぐれて来たようだ。

「しばらくは寒波が居座るようですねえ」

 直がにこにこと天気の話をする。

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「田ノ倉君の実家は確か温泉旅館でしょ」

 南雲 真。1つ年上の先輩で、父親は推理作家の南雲 豊氏、母親は不動産会社社長だ。おっとりとした感じのする人で、怪談は好きなのでオカルト研究会へ入ってみたらしいのだが、合わなかったから辞めたそうだ。

「え、旅館?何や、うちと御同業かいな。うちは琵琶湖の近くで天然温泉ホテルやってるねんわ」

 郷田智史。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。

「滋賀は琵琶湖で泳げる夏が異様に混むんでしょ?冬は?」

 高槻 楓太郎。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。小柄で表情が豊かな、マメシバを連想させるようなタイプだ。

「アカン。この頃はカニ懐石とか日帰りプランとか努力はしとるけど、夏には負けるんや」

「琵琶湖バレイって、スキー場がありましたよね」

 水無瀬宗。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。霊除けの札が無ければ撮った写真が悉く心霊写真になってしまうという変わった体質の持ち主だ。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しく面倒見のいい男だ。

「関西圏のもんは、わざわざ泊まらん。それに関西圏以外のもんは琵琶湖バレイに来ん」

「どこも大変だな。温泉旅館かあ、いいな。今は忙しい時期でしょう?」

 御崎みさき れん、大学2年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「その筈なんですが、問題がありまして……実は、相談というのも、その件なんです」

 相談者、田ノ倉始は話し始めた。

「うちの旅館は山の上にポツンとありまして、源泉かけ流し、炭酸泉で温度は40度。露天風呂と岩風呂、丸木をくり抜いた丸木風呂、壺湯、サウナ、寝湯、ジェットとあるほか、一部の部屋には檜風呂も付いています。

 客室数は20、落ち着いて静かな雰囲気で、裏の川には岩魚やニジマスの他、時には鹿も姿を見せますし、景観もいいです」

 旅館案内をスラスラと始めた田ノ倉さんの説明に聞き入ってしまいそうになったが、ここで、田ノ倉さんの表情が陰った。

「例年なら予約で満杯なんですが、噂のせいで、閑古鳥が鳴く始末なんです」

「噂?クレーマーかいな?」

 智史が、他人事ではないという風に顔色を変える。

「いえ。旅館に来るには道が前を通る1本しかないんですが、ここに幽霊が出て、事故に遭わせるという噂なんです。実際、幽霊に会って事故に遭ったお客さんが複数いまして」

 僕達は顔を見合わせた。

「事故を誘発させる幽霊ですかあ」

「はい。何とかしてもらえませんか。このままでは、廃業に追い込まれます。お願いします。調査に来ていただいた時は、うちに宿泊して頂いて構いませんから」

 田ノ倉さんは、悲壮な顔で頭を下げた。

「わかりました。とりあえず、視ましょう」

 こうして僕達は、温泉旅館に行く事になったのだった。





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